第3話

其の弐
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2021/08/06 09:54
月明かりの差す倉庫で、荷に座る人影が三つ。


一人は膝を抱えて怯え、一人は暗い中本を読み、一人は爪を弄っていた。


敦「……本当に此処に現れるんですか?」


太宰「本当だよ」


あなた「…太宰さん本の趣味悪くないですか?何その社会的に問題になりそうな本……」


"完全自殺" て……。


太宰「私の愛読書さ、読むかい?」


あなた「いや、大丈夫です……。」



太宰「…心配いらない。

虎が現れても私の敵じゃないよ、これでも「武装探偵社」の一隅だ」


周囲の物音に臆している敦くんを宥めるように云う。


敦「…はは…凄いですね、自信のある人は。

僕なんか孤児院でもずっと「駄目な奴」って云われてて__。

その上今日の寝床も明日の食い扶持も知れない身で…。

こんな奴が野垂れ死んだって…いや、いっそ喰われて死んだ方が_…」


弱音を吐いていく敦くんを、太宰は本を読む手を止めて見つめる。


太宰「却説___そろそろかな」



__月が満ちる__



ガタンッ


何処からかした物音に、敦くんは戸惑う。然し他二人は冷や汗ひとつ流さず動かない。


敦「今……其処で物音が!きっと奴ですよ太宰さん!」


太宰「そうだね、風で何か落ちたんだろう」


敦「ひ、人食い虎だ…僕を食いに来たんだ!」


太宰「座り給えよ敦くん。虎はあんな処からは来ない。」


敦「ど、どうして分かるんです!」


パタン、と太宰は本を閉じる。


太宰「そもそも変なんだよ敦くん。経営が傾いたからって養護施設が児童を追放するかい?

大昔の農村じゃないんだ。いや、そもそも経営が傾いたんなら一人二人追放したところで如何にもならない。

半分くらい減らして他所の施設に移すのが筋だ。」


敦「太宰さん、何を云って__」


彼の瞳に、満月が映った


太宰「君が街に来たのが2週間前。虎が街に現れたのも2週間前。」



美しい月に照らされ、敦くんの身体は硬直する。


己の中に蠢く、一匹の力に取り憑かれて。



太宰「君が鶴見川べりにいたのが4日前。同じ場所で虎が目撃されたのも4日前。

国木田君が云っていただろう、「武装探偵社」は異能の力を持つ輩の寄り合いだと。

巷間には知られていないが、この世には異能の者が少なからずいる。


その力で成功する者もいれば___力を制御出来ず身を滅ぼす者もいる。」


__今夜は月が綺麗ですね。



太宰「大方施設の人は虎の正体を知っていたが、君には教えなかったのだろう。

君だけが、解っていなかったのだよ。

君も『異能の者』だ。現身に飢獣を降ろす、月下の能力者_____」



それは美しい、白虎であった。




虎は雄叫びを上げ、太宰に襲いかかる。


太宰を外套を翻し、華麗にかわす。


虎は空振る己の拳を、もう一人へ向けた。


太宰「__あなたちゃん!!!」


あなた「っぶな……!」


拳は掠り、砕かれたのは首ではなく眼鏡と面型マスクのみ。


私は虎から距離をとる。


虎は再び標的を太宰に変え、襲いかかった。


太宰「こりゃ凄い力だ、人の首くらい簡単にへし折れる。」


何度も攻防を繰り返し、太宰の後ろが無くなる。


太宰「おっと」


迫り来るは、猛々しい虎。


太宰「獣に食い殺される最期というのも中々悪くは無いが_」


太宰は虎に向かって手を伸ばす。


之が彼の異能____


太宰「君では私を殺せない。」


虎は一人の青年に姿を戻す。


太宰「私の能力はあらゆる他の能力を触れただけで無効化する。」


青年は力の反動で意識が無く、太宰の胸へ倒れ込む。


太宰「……男と抱き合う趣味は無い」


あなた「わっ」


丁度後ろにいた私にポイッと敦くんが倒れてくる。


彼の頭をぶつけないよう支えながら床に寝かせると、国木田が外からやって来た。


国木田「おい太宰!」


太宰「ああ、遅かったね。虎は捕まえたよ。」


国木田「!その小僧…と誰だ?」


ああ、眼鏡と面型が無いから……。


あなた「田中祐奈です」


国木田「そ、そうか…じゃあそいつが」


太宰「うん、虎の能力者だ。変身してる間の記憶が無かったんだね」


国木田「全く…次から事前に説明しろ。肝が冷えたぞ。

おかげで非番の奴まで駆り出す始末だ、みんなに酒でも奢れ」




与謝野「なンだ、怪我人は無しかい?つまんないねェ」

___与謝野晶子__能力名『君死給勿』



江戸川「はっはっは、中々出来るようになったじゃないか太宰。まあ僕には及ばないけどね!」

___江戸川乱歩__能力名『超推理』



宮沢「でもそのヒトどうするんです?自覚は無かった訳でしょ?」

___宮沢賢治__能力名『雨ニモマケズ』



国木田「どうする太宰?一応区の災害指定猛獣だぞ」

___国木田独歩__能力名『独歩吟客』



太宰「うふふ…実はもう決めてある」

___太宰治__能力名『人間失格』




太宰「うちの社員にする。あなたちゃんも」


「「「はあぁぁあ?!?!」」」


国木田「待て、"あなたちゃん"?誰だ、それは」


あなた「…気付いてたのか……」


太宰「彼女は異能特務科から第特級危険異能者に指定されている上田あなたさんだよ。田中祐奈は偽名。」


あなた「まぁ茶屋で本名呼びされた時には分かってたけど……」


はァ、と溜息をつきながら頭を搔く。


与謝野「アンタ、能力者なのかぃ?」


あなた「ええ、まあ…。でも探偵社には入りませんよ!」


体の前で私はバツを作る。嫌だもん、めんどくさい。


私は自分の荷物を背負うと、壊れた眼鏡と面型を拾う。


あなた「それじゃあ皆さん良い夜を__…」


そのまま去るかと思いきや、少女はバタリと倒れた。


頭からは血が流れる。恐らく避けた際に拳が掠り、時間差で脳震盪が起きたのだろう。


与謝野「何だ、怪我してたじゃなィか。」


嬉しそうな顔をする与謝野を見て全員が、お気の毒に、と思ったそうだ。




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あなた「ん……。」



目を覚ますと知らない天井。


あなた「あー…何処だ、此処……。」


起き上がり、ついていた点滴を抜き取る。


服は昨日と同じままだ。


恐らく此処は探偵社の医務室。昨日の怪我は症状的に脳震盪だろう。


部屋の外からは話し声がする。今の内に抜け出すとするか。


ベッドの脇に置いてあった荷物を持ち、窓枠に足をかける。


あなた「…治療どうもありがとね」


ボソリと呟いて、私は飛び降りた。


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朝なのに人通りが多い通りを、私はブラついていた。


今日の大学の講義は午後からなのだ!


上機嫌で歩いていたら、敦くんと太宰さんと国木田さんと出会った。


あなた「おはようございます太宰さん、敦くん、国木田さん」


太宰「おや、あなたちゃんじゃないか!医務室で寝ている筈だけど…まあ丁度いいや!」


国木田「非常事態なんだ、手を貸してくれないか?」


敦「爆弾魔が探偵社に人質連れて立てこもったそうなんです!」


あなた「え、でも先刻抜け出してきた時は……」


太宰「いいから!とりあえず行くよ!!」


戸惑っている私の手を掴み、太宰達は探偵社へ赴いた。


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爆弾魔「嫌だァ……もう嫌だ…………」


一番窓側の事務机に爆弾魔と人質が一人。他の事務員は物陰で身を潜めていた。


出入口近くの観葉植物の裏で私達は様子を見ている。


爆弾魔「全部お前らのせいだ…『武装探偵社』が悪いンだ!

社長は何処だ!早く出せ!でないと__爆弾で皆吹っ飛んで死ンじゃうよ!!」



太宰「あちゃー」


国木田「怨恨だ。犯人は探偵社に恨みがあって社長に会わせないと爆発するぞ、と。」


太宰「うちは色んな処から恨み買うからねぇ。

うん……あれ高性能爆弾だ。この部屋くらいは吹き飛んじゃうね」


あなた「…でも何故一人しか人質を取ってないのでしょう…部屋の鍵も空いていて外部からの介入を許してしまっています……。

真逆__」


_犯人にその気は無いのでは?と云おうとした時、太宰に口を塞がれる。


茶目っぽく口に指を当てているのを見て、なんとなく察した。


太宰「…爆弾に何かを被せて爆風を抑えるって手もあるけど……この状況じゃなぁ」


国木田「どうする?」


太宰「会わせてあげたら?社長に」


国木田「殺そうとするに決まってるだろ!それに社長は出張だ!」


太宰「となると……人質をどうにかしないと」


太宰と国木田が視線を交わしたかと思いきや、両拳を始めた。


相子、相子___太宰の勝利


国木田は悔しそうな顔をして物陰から出る。舌打ちしたな、今。


国木田「おい。落ち着け少年」


爆弾魔「来るなァ!吹き飛ばすよ!

知ってるぞ…アンタは国木田だ。アンタもあの嫌味な「異能」とやらを、使うンだろ?!

妙な素振りをしたら皆道連れだ!」


太宰「まずいね、これは。探偵社に私怨を持つだけあって社員の顔と名前を調べてる。

社員の私が行っても余計警戒されるだけか……却説どうしたものか」


オォイ……嫌な予感がするぞ……。


太宰は私と敦くんを見てニヤリと笑う。


太宰「社員が行けば犯人を刺激する。となれば、無関係で面の割れていない君達が行くしかない。」


敦「むむ無理ですよそんなの!第一どうやって!」


太宰「犯人の気を逸らせてくれれば後は我々かやるよ。そうだな…落伍者の演技でもして気を引いては如何かな?

信用し給え。この程度の揉事武装探偵社にとっては朝飯前だよ」


私は額を抑えてはぁ、と溜息をつく。さっさと家に帰っていればよかった。


…いや、私の推測ならこれは"テスト"…詰まり、何もしなければ良いのでは……???


あなた「敦くん、任せた!」


敦「えっ、あなたさん?!」


私は敦くんの背中をドンと押す。


突然爆弾魔の前に出された敦くんは、冷や汗をダラダラと流しながら、爆弾魔に言葉を浴びせた。


敦「や、やややややめなさーい!親御さんが泣いてるよ!」


爆弾魔「な、なんだアンタっ!」


敦「ぼぼ僕は騒ぎを聞きつけた一般市民ですっ!いい生きていれば好いことあるよ!」


爆弾魔「誰だか知らないが無責任に云うな!皆死ねば良いンだ!」


敦「ぼ、僕なんか孤児で家族も友達も居なくてこの前その院さえ追い出されて…行くあても伝手も無いんだ!」


爆弾魔「え……いや、それは……」


敦「害獣に変身しちゃうらしくて軍警にバレたら多分縛り首だしとりたてて特技も長所も無いし誰が見ても社会のゴミだけど……。

ヤケにならずに生きてるんだ!だ、だだだから!」


私はチラリと太宰を見る。


コイツ絶対「敦君駄目人間の演技上手いなぁ」とか思ってるな。私もだ。


敦「ね、だから爆弾捨てて一緒に仕事探そう」


爆弾魔「え、いや、僕は別にそういうのでは」


その時爆弾魔に隙が出来る。太宰の合図で私と国木田は動いた。


国木田は異能力を使い手帳の頁を鉄線銃に変え、爆弾の釦を奪取。


私は爆弾を犯人と人質から遠ざけ、人質の縄を切る。


その後国木田が爆弾魔を組み伏せ、鎮圧完了。


太宰「一丁あがり~」


緊張が解けへなっとした敦くんの背を、何者かが押した。


為す術なく床に倒れた敦くんの手元には____爆弾の釦。


敦「あ」

国木田・太宰「「あ」」


敦「ああああああああぁぁぁ!!!」


敦くんは急いで周りを見回す。恐らく爆風を抑える物を探しているのだろう。


……必要無いのに。


だからこそ、彼の行動には目を丸くした。


太宰「なっ」


爆弾の上に覆いかぶさったのだ。


敦くんのお腹の下から、規則的な音が鳴る。


太宰「莫迦!!!!」


数字が0に変わった。















国木田「やれやれ……莫迦とは思っていたがこれ程とは」


太宰「自殺愛好家の才能があるね、彼は」


敦「へ?………………………………え?」


人質「あぁーん兄様ぁ!大丈夫でしたかぁぁ?!」


爆弾魔「痛だっ!?いい痛い痛いよナオミ折れる折れるって云うか折れたァ!」


敦「……………………へ?」


敦くんは物凄い阿呆面で周りを見る。


あなた「矢っ張り。あれ爆弾じゃなかったか。どうりで何か軽いと思ったんだよねぇ」


敦「え?え?え?」


国木田「小僧。恨むなら太宰を恨め。若しくは仕事斡旋人の選定を間違えた己を恨め。」


太宰「そういう事だよ敦君。つまりこれは一種の__入社試験だね」


敦「入社……試験?」



福沢「その通りだ」

___福沢諭吉__能力名『人上人不造』


国木田「社長」


敦「しゃ、社長?!」


へぇ……この人が……。知ってたけど。


福沢「そこの太宰めが「有能なる若者達が居る」と云うゆえ、その魂の真贋試させてもらった」


太宰「君達を社員に推薦したのだけど如何せん君達は区の災害指定猛獣と第特級危険異能者だ。

保護すべきか社内で揉めてね。で、社長の一声でこうなった、と」


なーるほど……おいちょっと待て私も探偵社に入る事になってないか???


国木田「で、社長……結果は?」


福沢「…………太宰に一任する」


そう言って福沢は離れて行く。


太宰「合格だってさ」


敦「つ、つまり……?僕に斡旋する仕事っていうのは、此処の……?」


太宰「武装探偵社へようこそ」


あなた「ちょっと待って下さい!」


太宰「おや、どうしたんだいあなたちゃん」


あなた「どうしたんだいって……私探偵社には入らないって云いましたよね?!」


太宰「そうは云われても……今特務課は君の事血眼で探してると思うよ?

探偵社との接触で居所がバレちゃったからね。でもこのまま探偵社の保護下に降りれば……」


ニヤッと太宰は口角を上げる。嗚呼、神様…………


あなた「最初から拒否権なんて無かったじゃないですか……」




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? side


?「へぇ、此少女が…………」


長テーブルの上で楽しそうに紙にクレヨンを走らせている少女の傍らで、男は1枚の資料を見て呟く。


?「はい、第特級危険異能者の上田あなたで間違い無いかと。」


橙色の髪の上に帽子を被った男が報告する。


?「で此方が懸賞首の人虎か……探偵社も隅に置けないねえ。」


?「ちょっと!リンタロウ取らないでよ!それは私のよ!」


男は少女のクレヨンを取って資料に丸をつけた。


?「必ず生け捕りにするように」


?「はっ。」






__闇は忍び寄る

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