第29話

29Channel 優希END
3,887
2021/09/25 11:00
突如として現れた配信者の亡霊を前に、
私は優くんと固唾を呑む。
配信者
配信者
逢沢優希、
好きな相手を殺せ
逢沢 優希
逢沢 優希
そんなこと、
できるわけ──ぐうっ
優くんは配信者に命令されると、
無理やり身体を動かされているみたいに、
不自然な動きで私に近づいてくる。
逢沢 優希
逢沢 優希
なんで、身体が勝手に……っ
必死に抗っているのが、
優くんの表情から窺えた。
あなた

優くん! 
優くんになにをしたの!?

逢沢 優希
逢沢 優希
あなた、逃げるんだ!
配信者
配信者
いいものをやろう
配信者は優くんに、ナイフを手渡す。
逢沢 優希
逢沢 優希
ふざけるな……俺は、
こんな物……っ
無理やり握らされたナイフを
手放そうとしている。
逢沢 優希
逢沢 優希
なんでだよ……っ
自分の意思に反して、
ナイフをしっかり握りしめて
しまう優くん。
あなた

(私はどうすれば……)

配信者
配信者
大切な人間を殺して助かるか、
自分が死んで大切な人間を守るか……
どちらか選べ
あなた

それで証明しろっていうの?

あなた

(どちらが死んでも、
どちらも悲しむのに)

逢沢 優希
逢沢 優希
くそおおおおっ
襲いかかってくる優くんを前に、
私は動けなかった。
あなた

(どちらかしか助からないなら、
私は……)

あなた

ごめんね、優くん

私はその場から動かずに
優くんを待った。
あなた

(ごめんね、私が死んでも、
どうか自分を責めないで……)

逢沢 優希
逢沢 優希
逃げてくれっ、頼むから!
あなた

それは聞けないよ。
私が死んだら、優くんが
傷つくってわかってるけど……

あなた

でもね、私は優くんに
死んでほしくない

逢沢 優希
逢沢 優希
ずっと、好きだったんだ……。
なのに好きな女の子を殺すなんて、
俺には耐えられない!
あなた

謝らないで

あなた

私、今までずっと優くんに
助けられてばかりだったから、
ようやく恩返しができる

あなた

優くんの言葉にいつも励まされて、
さりげなくそばにいてくれるのも
心強かった

あなた

そんな優くんのこと、
いつのまにか……

あなた

私も好きになってたんだ

迎えるように両手を広げた。

優くんは何度も首を横に振りながら、
それでも進む足を止められずに
私の腕の中へとやってくる。

静かにグサリと、
胸にナイフが食い込んでいくのがわかった。
あなた

あう、ぁ……っ

言葉じゃ言い表せないほどの激痛が走り、
私は優くんを抱きしめたまま
その場に座り込む。
逢沢 優希
逢沢 優希
あなたっ、あなた!
ごめん、ごめん、ごめんっ……
あなた

泣かない、で……

痛みで朦朧とする意識の中、
私は優くんの背中をさすった。
あなた

これが……証明、
私はもう大事な人を……
見殺しには、しない……

逢沢 優希
逢沢 優希
なんで……
なんでだよぉぉぉぉっ
逢沢 優希
逢沢 優希
俺が守ってあげたかったのにっ、
どうして、俺があなたを……っ
泣き叫ぶ優くんを見ていたら、
涙が頬を伝った。
あなた

(私のしたことは
間違いだったのかもしれない)

あなた

(だけど、もう迷わないって
決めてたんだ)

あなた

(大事な人のためにできることが、
限られているとしたら)

あなた

(その選択が自分の身を
滅ぼすものだとしても、
選ぼうって)

配信者
配信者
お前は陰でしか親友を助けなかった。
見て見ぬふりをしていた人間と
同じだろうと俺は思っていた
配信者
配信者
だけど、あの女の
言った通りだったな
配信者がチラリと隣に目をやる。

するといつのまにそこにいたのか、
会いたくてたまらなかった人が立っていた。
前島 亜子
前島 亜子
久しぶりだね、あなた
もう会えるはずのない
親友の姿がある。
あなた

(これは幻……?)

出血がひどいせいか、
ぼんやりとする頭で、そんなことを思う。
前島 亜子
前島 亜子
誰だってイジメられるのは怖い。
それでも勇気を出して、
あなたは私のことを助けてくれた
前島 亜子
前島 亜子
今も、ナイフを前に怖かった
はずなのに、優希くんを守った
あなた

(違うよ、私はただ……。
人目のないところで話を聞いて
あげることくらいしかできなかった)

あなた

(だから、優くんのときは、
絶対に迷わないように
しようって……)

あなた

本当に、ごめ……ね……

優くんの腕の中でぐったりとしながら、
私は涙を流す。
前島 亜子
前島 亜子
自分を責めないで。
あなたは証明してくれた。
今度こそ迷わずに誰かを守ること
前島 亜子
前島 亜子
だからこれからは、
大切な人を失わないように、
全力で守っていって
前島 亜子
前島 亜子
あなたにはそういう
強い心がある。私が死んだことで、
忘れちゃってただけで
あなた

(亜子は、罪悪感に押しつぶされそうに
なっていた私に気づいていたんだ)

配信者
配信者
ゲームはお前の勝ちだ。
命が懸かっていたのに、
それでも他者を助けられる
人間もいるんだな
配信者は気が晴れたのか、
スーッと空気に溶けるように消えていった。
逢沢 優希
逢沢 優希
あなたは、
あなたはどうなるんだ!
逢沢 優希
逢沢 優希
あなた……っ
優くんが私の胸に額をくっつけて、
泣いている。
あなた

(優くん……抱きしめ返して
あげたいけど、手が動かないや……)

前島 亜子
前島 亜子
勝者はあなたと私。
だからあなたは死なない。
そういう取引だから
優くんの腕の中にいる私を覗き込んで、
優しく笑う亜子。
あなた

(ああ、この笑顔……。
変わってないな……)

でも、視界が真っ暗になっていき、
笑顔も消えてしまう。
あなた

(亜子、亜子ともっと
一緒にいたかった。
私、もっと生きてたかったよ。
優くんのそばに、いたかった)

生きたい理由はたくさん
あふれてくるのに、
身体の感覚は消えていって……。

私は完全に、意識を失った。


***
あなた

……え……?

目を開けると、
視界に白い天井が広がっていた。

目を瞬かせながら起き上がる。

どうやらここは、病院みたいだ。
あなた

私、生きてる……?

逢沢 光希
逢沢 光希
優の話じゃ、
刺されたって聞いたけど、
俺が駆けつけたときには
傷ひとつなかったぞ
あなた

光くん!

逢沢 光希
逢沢 光希
意識がなかったから、
念のため救急車呼んだんだけどな
逢沢 光希
逢沢 光希
それだけ大きな声が出るんなら、
大丈夫そうだな
あなた

うん、どこも痛くないし、
大丈夫だよ。それで、優くんは?

病室に優くんの姿はない。

光くんは目を伏せて、
しばらくすると重い口を開いた。
逢沢 光希
逢沢 光希
お前を傷つけておいて、
顔を合わせられないんだと。
今は屋上にいると思うぞ
あなた

あれは、優くんのせいじゃ
ないのに……

私はすぐに、ベッドサイドに
あったサンダルを履く。
あなた

光くん、私……

──優くんのところへ行ってくる。

その言葉を言えなかったのは、
光くんから告白されていたのを
思い出したからだ。
あなた

あの……あの、ね

逢沢 光希
逢沢 光希
わかってる。
お前は優が好きなんだろ
あなた

……っ、うん

逢沢 光希
逢沢 光希
俺は生きて、お前から告白の
返事を聞けるんなら、
どんな答えでもいいって
思ってたんだ
逢沢 光希
逢沢 光希
だから、聞かせてくれ
あなた

うん……私は──


***


光くんの告白を断り、
私は優くんのいる病院の屋上へやってきた。
あなた

優くん

フェンスに手をかけて、
ぼんやりと外を眺めていた優くんが、
目を見開きながら振り返った。
逢沢 優希
逢沢 優希
あなた……
目が、覚めて……
幽霊でも見るような顔だった。
あなた

うん、生きてるよ。
亜子が助けてくれたのかな

逢沢 優希
逢沢 優希
怪我が消えてるのは、知ってた。
でも、俺……
自分の手に視線を落とし、
怯えたように優くんは瞳を揺らす。
逢沢 優希
逢沢 優希
俺、あなたを刺したときの
感覚が、今でも忘れられなくて……っ
震えている優くんを、
これ以上見ていられなかった。

私は優くんのところに歩いていく。
逢沢 優希
逢沢 優希
ダメだ、俺に近づかないで。
怖いんだ、あなたに
拒絶されると思うと……
あなた

私は優くんが好き

逃げようとする優くんの背に
ぎゅっと抱き着く。
あなた

だから拒絶なんてしない。
なにをされても、
どんな優くんを見ても、
誰かが優くんを責めても、
そばにいる

逢沢 優希
逢沢 優希
あなた……
ようやく優くんが、
私のほうを向いてくれた。
あなた

好きです、優くん

逢沢 優希
逢沢 優希
……っ、いいのかな?
俺があなたをもらっても……
いいのかな?と言いながら、
優くんは私を抱きしめる。
あなた

いいんだよ。
お互いが同じ気持ちなら

逢沢 優希
逢沢 優希
そっか……そっか、
ありがとう、あなた
逢沢 優希
逢沢 優希
こんな俺のそばにいてくれて
私たちは見つめ合い、
お互いの存在を慈しむように唇を重ねる。

あなた

(私が不安なとき、優くんが
そっと寄り添ってくれたみたいに)

あなた

(今度は私が優くんに寄り添って、
支えるんだ)

あなた

(いつかの私みたいに、
もし優くんが罪悪感に苛まれて、
私から離れていこうとしても)

あなた

(絶対に……離さない)

(優希END)

プリ小説オーディオドラマ