「エミリージョーンズの娘」その言葉とカメラの意味……。
目の前のカメラを持つ男は、おそらく母を狙う記者の1人だろう。
そんな人がほしがるもの。それは、エミリージョーンズのスクープ。
記者の男はあたしの顔をしげしげと眺めた後、夏目さんへと視線を向けた。
あたしが記者の男に反論しようとすると、夏目さんがそれを止めた。
そしてあたしの代わりに、記者の男へと反論する。
夏目さんが庇ってくれて嬉しいのに……。
さっきの行動はあくまでも「生徒として」の態度だったんだと知って、悲しくなってしまう。
そんなことに傷ついている場合じゃないのに。
記者の男が撮ったばかりの画像を見せつける。そこに映っているのは、あたしと夏目さんの姿。
夏目さんにすがりつくあたし。その背中は、夏目さんの手でしっかりと抱きしめられている。
記者の男がカメラを持って夏目さんへと近寄る。画面には、あたしと夏目さんの抱き合う画像が写ったまま……。
辺り一面に響く、透き通るような声。
その声の主は、エミリージョーンズだった。
仕立ての良い紺色のスーツを身にまとい、絹糸のように美しい髪をひとつに束ねている。
変装のためか、銀縁のメガネをかけていた。それは、隠しきれない女優のオーラに凄みを持たせている。
娘のあたしですら、うっとりするような優しい笑みを浮かべ、母は記者の男に問うた。
記者の男は夢見心地の表情で、その問いに答える。
母は一言一言、ゆっくりと区切りながら囁く。
記者の男は、へらへらと薄ら笑いを浮かべながら「ええ、まあ」と答えた。
母が満面の笑みを浮かべる。
母は相変わらずニコニコと微笑んだまま、話し続ける。だけど、記者の男の顔色は、みるみると青ざめていった。
緊迫した空気の中、夏目さんが声を上げる。
記者の男は泣きそうな目であたしを見つめると、土下座する勢いで謝った。
どくりと胸が高鳴る。
こんな状況にならなければ、知ることなんて出来なかった。夏目さんの、本当の気持ちを。
──ピッ!
無機質な機械の音と共に。夏目さんとあたしの秘密は、暗闇へとかき消された。
胸の奥底に、確かな温もりだけを残して。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!