第104話

第103話「大事な人を守るため」
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2022/12/27 12:00
記者
君も、なかなかやるね?
記者
エミリージョーンズの娘さん
「エミリージョーンズの娘」その言葉とカメラの意味……。

 目の前のカメラを持つ男は、おそらく母を狙う記者の1人だろう。

 そんな人がほしがるもの。それは、エミリージョーンズのスクープ。
小田原 キララ
小田原 キララ
まさか……
小田原 キララ
小田原 キララ
それを記事に?
記者
それも、いいねぇ。でも、もっと良い使い道は──
記者
ヒヒッ……
 記者の男はあたしの顔をしげしげと眺めた後、夏目さんへと視線を向けた。
記者
さすがはエミリージョーンズの娘。なかなかの美人さんだ
記者
先生が手ぇ出しちまうのも、当然っちゃ当然だよなぁ?
記者
こんなかわいい子に誘惑なんかされちまったら、我慢できっこないわ〜?
記者
イヒヒッ!
小田原 キララ
小田原 キララ
なっ!?
小田原 キララ
小田原 キララ
あたし、誘惑なんて……
 あたしが記者の男に反論しようとすると、夏目さんがそれを止めた。

 そしてあたしの代わりに、記者の男へと反論する。
夏目 海成
夏目 海成
俺は彼女に、誘惑なんてされていません
夏目 海成
夏目 海成
自分の意思で、生徒である彼女を慰めただけです
小田原 キララ
小田原 キララ
夏目先生……
 夏目さんが庇ってくれて嬉しいのに……。

 さっきの行動はあくまでも「生徒として」の態度だったんだと知って、悲しくなってしまう。

 そんなことに傷ついている場合じゃないのに。
記者
へぇー?
記者
女子生徒が泣いたら、肩を抱いて慰めてあげるんだ〜。今どきの先生は
 記者の男が撮ったばかりの画像を見せつける。そこに映っているのは、あたしと夏目さんの姿。

 夏目さんにすがりつくあたし。その背中は、夏目さんの手でしっかりと抱きしめられている。
夏目 海成
夏目 海成
……っ!
記者
これでも、エミリージョーンズの娘さんと先生は、ただの・・・先生と生徒って言えますか〜?
記者
言えませんよね? ぜーったいに! イヒヒッ
夏目 海成
夏目 海成
……たしかに
夏目 海成
夏目 海成
自分は、彼女に教師と生徒の域を超えた感情を抱いているかもしれません
小田原 キララ
小田原 キララ
え……?
小田原 キララ
小田原 キララ
(それって……)
夏目 海成
夏目 海成
でもそれが、彼女を……
夏目 海成
夏目 海成
小田原さんを侮辱していい理由にはなりません!
夏目 海成
夏目 海成
謝ってください! 彼女が俺を「誘惑した」と疑ったこと
夏目 海成
夏目 海成
今すぐに!
小田原 キララ
小田原 キララ
夏目先生……!
記者
……けっ!
記者
いい歳して、青春ごっこしてんじゃねえよ!
記者
教師なら教師らしくしろってんだ! ほら。黙ってて欲しけりゃ金寄越せよ、先生
 記者の男がカメラを持って夏目さんへと近寄る。画面には、あたしと夏目さんの抱き合う画像が写ったまま……。
小田原 キララ
小田原 キララ
(どうしよう?)
小田原 キララ
小田原 キララ
(こんな写真を誰かに見られたら、夏目先生は……!)
エミリー・ジョーンズ
そこまでよ
 辺り一面に響く、透き通るような声。

 その声の主は、エミリージョーンズだった。

 仕立ての良い紺色のスーツを身にまとい、絹糸のように美しい髪をひとつに束ねている。

 変装のためか、銀縁のメガネをかけていた。それは、隠しきれない女優のオーラに凄みを持たせている。
記者
え、エミリージョーンズ!?
小田原 キララ
小田原 キララ
お母さん!?
エミリー・ジョーンズ
あなた、なにか勘違いされているようですね?
 娘のあたしですら、うっとりするような優しい笑みを浮かべ、母は記者の男に問うた。

 記者の男は夢見心地の表情で、その問いに答える。
記者
なにかって、なんですか?
エミリー・ジョーンズ
まあ。ご存知ありませんか?
エミリー・ジョーンズ
立派なカメラを持ったマスコミの方が、日本の法律を
 母は一言一言、ゆっくりと区切りながら囁く。

 記者の男は、へらへらと薄ら笑いを浮かべながら「ええ、まあ」と答えた。
エミリー・ジョーンズ
たとえ未成年者であっても、親の同意があれば成人男性とお付き合いすることは可能です
エミリー・ジョーンズ
彼……夏目先生のことは、私も夫も存じております
記者
ええ!? ご、ご存じ……なんですか!?
エミリー・ジョーンズ
ええ、もちろん。それと……
 母が満面の笑みを浮かべる。
エミリー・ジョーンズ
盗撮は、立派な犯罪行為です。もしもその画像をどこかの出版社に持ち込むつもりならば……
エミリー・ジョーンズ
私は今後、あなたと関わる全ての仕事を辞退させていただきます
エミリー・ジョーンズ
それでもよろしいでしょうか?
 母は相変わらずニコニコと微笑んだまま、話し続ける。だけど、記者の男の顔色は、みるみると青ざめていった。
記者
す、すみませんでした!
記者
画像は消しますので、どうかお許しください……!
夏目 海成
夏目 海成
あの……!
夏目 海成
夏目 海成
できれば、謝っていただけますか? 彼女にも
 緊迫した空気の中、夏目さんが声を上げる。

 記者の男は泣きそうな目であたしを見つめると、土下座する勢いで謝った。
記者
どうも、すみませんでしたー!!
小田原 キララ
小田原 キララ
い、いえ。誤解を招くような行動をとったのは、あたしですから……
小田原 キララ
小田原 キララ
(それに……)
 どくりと胸が高鳴る。

 こんな状況にならなければ、知ることなんて出来なかった。夏目さんの、本当の気持ちを。
記者
本当に、すみませんでした! 画像は、ちゃんと消します!
 
 ──ピッ!
小田原 キララ
小田原 キララ
あ……
 無機質な機械の音と共に。夏目さんとあたしの秘密は、暗闇へとかき消された。

 胸の奥底に、確かな温もりだけを残して。

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