第105話

第104話「たとえ嘘だとしても」
195
2023/02/07 12:00
小田原 キララ
小田原 キララ
お母さん、ありがとう
エミリー・ジョーンズ
気にしないで
エミリー・ジョーンズ
私は、思ったことを口にしただけよ
 母はそう言って、薄く笑みを浮かべる。そして唇の動きだけで、あたしに話しかけた。

『先生に、お礼は?』

……と。
小田原 キララ
小田原 キララ
な、なっ……!
エミリー・ジョーンズ
それでは、私は先に失礼します
エミリー・ジョーンズ
この記者の方と、少しお話があるので
記者
は、はいぃ……
 記者の男の人は、今にも泣きそうな表情で母の後ろをついて行く。
小田原 キララ
小田原 キララ
(大丈夫、かな?)
 少し可哀想な気もしたけれど、母のことだ。悪いようにはしないだろう。
小田原 キララ
小田原 キララ
あの、夏目先生も……
小田原 キララ
小田原 キララ
ありがとうございました
小田原 キララ
小田原 キララ
あたしを助けてくれて
夏目 海成
夏目 海成
いや、俺は何も……
夏目 海成
夏目 海成
礼を言うのは、俺のほうだよ
夏目 海成
夏目 海成
教師なのに。情けないな……
 夏目さんはため息混じりに答え、頭をかいた。
小田原 キララ
小田原 キララ
そんなことない!
小田原 キララ
小田原 キララ
あたし、嬉しかったです!
小田原 キララ
小田原 キララ
夏目先生に、かばってもらえて
小田原 キララ
小田原 キララ
たとえ、嘘でも
小田原 キララ
小田原 キララ
あたしの、ことを……
 夏目さんも、あたしのことを想ってくれている。そう期待出来ただけで、あたしは幸せだった。
小田原 キララ
小田原 キララ
……あれ?
小田原 キララ
小田原 キララ
どうしたんだろ?
 嘘でも、幸せだと思う。

 嘘でも、良かった。

 だけどもし、本当に嘘だったら?
小田原 キララ
小田原 キララ
やだな。なんか、期待しちゃって……
小田原 キララ
小田原 キララ
> 挿入されたアイテム
 さっきまで、泣いていたせいだろうか?

 一度ゆるんでしまった涙腺は、涙を溜めておくということが出来ないみたい。

 ぽたりぽたりと、降り始めの雨みたいに、涙の粒が頬をすべり落ちた。
夏目 海成
夏目 海成
嘘なんて言ってない
夏目 海成
夏目 海成
全部、本当のことだから
小田原 キララ
小田原 キララ
それって……?
 瞳を潤す涙のまくがはがれ落ちる。

 夏目さんの真剣な眼差しに焦がされて。
小田原 キララ
小田原 キララ
(本当に期待しても……)
小田原 キララ
小田原 キララ
(いいの?)
 先生と生徒の距離を超えた、その先を。
小田原 キララ
小田原 キララ
あの、夏目先生……
 その答えを知りたくて。

 その感情に触れてみたくて。

 あたしは夏目さんの瞳を見つめ返した。

 見つめ合って、お互いの心を覗き合って。

 答えが見つかりそうな瞬間、夏目さんはふと視線をそらした。
夏目 海成
夏目 海成
……そろそろ、練習に戻ったほうがいいんじゃないか?
夏目 海成
夏目 海成
みんな心配してるだろうし
 夏目さんの視線をたどると、あたしの足元にたどり着いた。

 慌てて外に飛び出したせいで、あたしの靴は上履きのまま……。
小田原 キララ
小田原 キララ
あ……
小田原 キララ
小田原 キララ
(あたし、紅さんと再会して動揺して)
小田原 キララ
小田原 キララ
(そのまま、飛び出してきたんだった……)
 自分のこれまでの行動をふり返った途端、今の状況が恥ずかしくなった。
小田原 キララ
小田原 キララ
あの、あの! これには、訳があって……
夏目 海成
夏目 海成
うん、わかってる
 夏目さんの手がすうっと伸びて、あたしの頭をふわりと包みこんだ。
小田原 キララ
小田原 キララ
(え、え!?)
小田原 キララ
小田原 キララ
(これって、これって!?)
 あたしを慰めるために抱きしめて、あたしを励ますために頭を撫でて……。
小田原 キララ
小田原 キララ
あたしたち、両想いってこと……?
 あたしの呟きに、夏目さんは頬をゆるめた。
夏目 海成
夏目 海成
元気そうで安心した
小田原 キララ
小田原 キララ
は、はい! とっても元気です!
夏目 海成
夏目 海成
それは良かった
夏目 海成
夏目 海成
今日の舞台、楽しみにしてるよ。がんばって
小田原 キララ
小田原 キララ
が、がんばります!
小田原 キララ
小田原 キララ
なので、あたし……
小田原 キララ
小田原 キララ
練習に、戻ります!
 そう宣言すると、あたしはきびすを返した。

 あんな風に部室を飛び出しておいて、一体どんな顔をして戻ればいいんだろう?

 そんなことも、思うけれど。
小田原 キララ
小田原 キララ
(もっと、強くなりたい)
小田原 キララ
小田原 キララ
(夏目先生の隣りに並べるくらい、大人になりたい……)
 過去の悲しみに浸るよりも。
 
 過去の過ちを責めるよりも。

 もっともっと強く深く。

 あたしは、夏目さんに相応しい人になりたいと思った。

 そう。例えば、いつも側であたしを見守ってくれる父のような。

 いつも自分の思った通りの道を歩む母のような。

 優しさと強さを持った大人の女性に。
小田原 キララ
小田原 キララ
(伝えないと)
小田原 キララ
小田原 キララ
(今のあたしの気持ちを)
 他の誰でもない、自分のために。

 あたしは今の自分の思いを紅さんに伝えると決め、部室へと向かった。
小田原 キララ
小田原 キララ
今度は、あたしの番だから
 あたしが自分の意志で選ぶ。

 辛い過去との決別を。

プリ小説オーディオドラマ