夏目さんに触れられた頭が熱い。夏目さんの手を、独り占めしてしまいたいと思った。
ただの生徒でも、いいから。
夏目さんの優しさに、甘えていたい……。
夏目さんの負担にならずに、彼を思い続けていたい。芽生えたばかりの感情を、大切に育てていきたい。
そのためには、あたしが変わるしかない。あたしが「変わるため」には、挑戦しないといけないことがある。
それは、苦手を克服すること。そして、母を……許すこと。
自分が「演じること」を前向きに考える日が来るなんて。この学校に転校するまでは、考えたこともなかった。
正直、不安しかない。今まで以上に、母と比べられてしまうかもしれない。
本当は、すごく怖い。考えただけで、足もとが震える。それでも、変わるためには向き合わないといけない。
それに、心のどこかで、ずっと思ってきた。母があたしを捨ててまで選んだ女優という仕事、演じるということ。そこに、どんな魅力があるのか……。
あたしはずっと、それを知りたかった。
※
次の日、学校へ向かうと、校門の手前で須藤くんに会った。
教室に入る前に、須藤くんと会えて良かった。
できれば、他の人には聞かれたくない。たとえ、あとから知られるとしても。この決意が揺らいでしまう気がして、怖かった。
あたしは須藤くんを連れて、中庭へと向かった。校舎に向かう道から外れた時、千春ちゃんの姿が見えた。
千春ちゃんが好きなのは、黒岩先生。だから、あたしが須藤くんと文化祭の劇について話していても、千春ちゃんは気にしないだろう。そう考えた。
千春ちゃんとは友達になったばかりで、彼女の悩みや考えていることを、まだ知らないのに。
「友達」という響きに、あたしは甘えていた。
※
中庭に着くなり、須藤くんは聞いてきた。
あたしは周りに人が居ないことを確認すると、ゆっくりと息を吸った。
そして胸の前で手を組み、ありったけの勇気を振り絞り、叫ぶように答える。
女優の娘がそんなことを言うのは変かもしれない。それでもあたしは、思ったことを伝えることに決めた。
今までみたいに、気持ちを押し殺すのは嫌。あたしはちゃんと成長して、変わりたい。
過去なんか、思い出せなくなるくらいに。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。