第107話

第106話「いつもの悪だくみ」
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2023/02/21 13:00
地見ちみ部長
このままやと、間に合わん!
地見ちみ部長
キララちゃんと千春ちゃん! 二人は舞台そでで、待機や!
地見ちみ部長
梨々花は緞帳どんちょうが上がるまで、舞台の真ん中に居って!
桐山 梨々花
桐山 梨々花
なんで、わたしが舞台に!?
地見ちみ部長
あー、それがやな……
 地見先輩は、困ったように頭をかいた。
地見ちみ部長
シークレットゲストとして、ギリギリエンジェルの演者さんが来るねん
桐山 梨々花
桐山 梨々花
ぎ、ギリエンの!?
地見ちみ部長
ああ、そや
地見ちみ部長
準備ができるまでの間だけでええから、演者さんと話しててほしいねん
桐山 梨々花
桐山 梨々花
それは全然いいですよ? ってかむしろ、大歓迎っていうか……
桐山 梨々花
桐山 梨々花
でも、なんでわたしなんですか?
地見ちみ部長
そんなん、決まってるやん
地見ちみ部長
ホンマもんの声優さんと女子高生が、なに話すん?
地見ちみ部長
共通の話題は、ギリギリエンジェルしかないやん
地見ちみ部長
ギリエンの演者とガチトークできんの、アンタしか居らんやろ?
小田原 キララ
小田原 キララ
(確かに……)
 ギリギリエンジェルの声優と真剣に作品の話し合いができるのは、このメンバーの中では梨々花ちゃんだけだろう。

 だけど。
小田原 キララ
小田原 キララ
(今回の主役は)
小田原 キララ
小田原 キララ
("あたし"なのに……)
 目立つことが苦手だった。

 人と話すのは嫌いだったはずなのに。
小田原 キララ
小田原 キララ
(……くやしい……)
 本物の声優と話ができる梨々花ちゃんに対して、心からそう思った。

 そして胸の奥に、チリチリと嫉妬の炎が芽生えのを感じた。

 自分が悩んで探し求めて、それでも見つけられなかったものを最初から無意識に持っている存在への憧れと、ほんの少しの畏怖。

 この伝えようのない負の感情が、紅さんがあたしに抱いた感情なのだとしたら。あたしは彼女の行動をほんの少しだけ、許せるかもしれない。
地見ちみ部長
あと、色葉。アンタ、ちょっと耳貸しいや
紅 色葉
紅 色葉
は、はあ!? わたしは、無関係なんですけど?
地見ちみ部長
あー、そういう態度とるんや?
地見ちみ部長
アンタが、ウチに
紅 色葉
紅 色葉
ひいっ! ご、ごめんなさい! 
地見ちみ部長
つーわけで、ウチらは、後で行くわ。各々おのおの、後は任せたで
桜木 千春
桜木 千春
はい!
 千春ちゃんは元気に返事をすると、再び走り出した。
桐山 梨々花
桐山 梨々花
なんか、よく分かんないけど……
桐山 梨々花
桐山 梨々花
とりあえず、先パイの言う通りにします
桐山 梨々花
桐山 梨々花
ギリエンの演者様にお会いできるのなら、なんでも!!
 梨々花ちゃんは陸上部から勧誘がきそうなくらいの勢いで、体育館へと駆け出した。
地見ちみ部長
キララちゃんは、行かんでええの?
小田原 キララ
小田原 キララ
あたしは……
 目の前の廊下を見つめる。千春ちゃんと梨々花ちゃんが迷うことなく走り抜けた道。

 舞台のある体育館へ向かう、唯一の道。

 今すぐにでも駆け出して、舞台に向かわなくてはならないと分かっている。それでも、足取りは重く、二人のように走ることが出来ない。
地見ちみ部長
まあ、おもしろくないわな? 主役やのに
小田原 キララ
小田原 キララ
なっ……
 地見先輩へ目を向ける。挑発にのったあたしの瞬間的な怒りは、目線の先にあった地見先輩の柔らかな表情に打ち砕かられた。
地見ちみ部長
安心し
地見ちみ部長
舞台の上では、みんなが主役や
小田原 キララ
小田原 キララ
地見先輩……
地見ちみ部長
もちろん、色葉を舞台に立たせるわけにはいかんから。客寄せにでもなってもらうわ
紅 色葉
紅 色葉
ちょっと! わたしの扱い、雑じゃないですか!?
紅 色葉
紅 色葉
これでも、他校からのゲストなんですけど?
地見ちみ部長
そんな、カリカリすんなよ。ちゃんと分かってるから
 地見先輩が、目を細めて微笑む。と同時に、声を低くした。

 中性的で均等のとれた顔は、女性のようでもあり、男性のようでもある。
紅 色葉
紅 色葉
……っ!
地見ちみ部長
今日は、悪かった
地見ちみ部長
わざわざ遠い所から来てもらったのに。失礼なことばかり言ってしまって
地見ちみ部長
ごめんな?
 地見先輩の憂いを帯びた表情は、夏目さんに似ている。

 揺れる瞳も、震える声も。
紅 色葉
紅 色葉
べ、別に? 梨々花に頼まれただけだし
地見ちみ部長
へぇ、梨々花の言うことやったら聞くんや?
地見ちみ部長
ちょっと、妬ける……
 地見先輩がふっと息をつく。

 どこか、悲しげに。

 どこか、儚げに。
紅 色葉
紅 色葉
べ、別に、普通じゃないですか?
紅 色葉
紅 色葉
友だち……なんだし
地見ちみ部長
友だち、か……
地見ちみ部長
そういうの、憧れるな
紅 色葉
紅 色葉
居るでしょ、普通。友だちの一人や二人
地見ちみ部長
だったら、良かったんだけどね?
地見ちみ部長
ほら、こんな性格だろ? 人に弱音を吐くのは苦手で……
地見ちみ部長
友だちって呼べるような人は……
地見ちみ部長
誰も、居ないんだ
 地見先輩は弱々しく呟くと俯き、ため息をついた。
小田原 キララ
小田原 キララ
(そうだったんだ……)
小田原 キララ
小田原 キララ
(ちょっと、意外)
 あたしがそう納得しかけたとき。地見先輩の唇が動いた。


『う、そ、や、け、ど』と。

小田原 キララ
小田原 キララ
……
 あたしが言葉を失っていると、紅さんが決意を固めたように声高に宣言した。
紅 色葉
紅 色葉
わ、わたしでよければ!
紅 色葉
紅 色葉
その、話し相手くらいにはなりますよ?
地見ちみ部長
ホンマに? 聞いてくれるん? ウチの話
紅 色葉
紅 色葉
……はい、なんでも
地見ちみ部長
……ホンマ?
地見ちみ部長
やあー、助かったわー! 物分りがようてー
紅 色葉
紅 色葉
ん? 物分りがいい?
 その後、地見先輩が「楽勝で」と呟くのが聞こえたけれど。

 あたしは聞こえないフリをした。
小田原 キララ
小田原 キララ
それじゃあ、あたしもそろそろ向かいます! 千春ちゃんに、怒られちゃうんで
地見ちみ部長
おお、がんばってや!
小田原 キララ
小田原 キララ
はい!
小田原 キララ
小田原 キララ
地見先輩も……
 地見先輩のとびきりの笑顔に見送られ、あたしはようやく体育館に向かって走り出した。

 地見先輩が紅さんに、どんなお仕置きをするのか。そのことは深く考えないようにしながら。

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