ふにゃんふにゃん。
体が水に浮いている感覚があった。
そして揺すられるグラス。
その水が零れた拍子に、私も放り出される。
途端、視界に入ったのは黒い何か。
いつの間にか流れていた涙を拭うと、視界が明瞭になる。
後頭部が少しガンガンするが、気にするほどの痛みではない。
不思議と、他に痛むところはなかった。
ここで発生する問題は、私が生きているか、死んでいるかどうかだ。
その後のことは、それが判明してから考えても間に合う。
さて、私は体が動かせない。
辛うじて首が動くくらい。
錆びたブリキの関節みたいにぎりぎりと少しずつ動かしていく。
腕や足に、何十本もの管がくっついていた。
なるほど、私はこれで生かされて(?)いたのか。
同時にナースコールらしきボタンが目に入ったのだが、腕が動かせない故、押せない。
何とか腕を動かす方法を模索しながらチロチロ指で半ば遊んでいると、扉が開いて、
そう言って覚束ない足取りで近寄ってくる彼の姿を見て、私は呆然としていた。
だって、彼は私の一歩手前で死んだはずの、彼だったから。
なんで、生きているの。
なんで、息をしているの。
そう言及しようとした矢先に彼は私の元に辿り着いて、優しく優しく抱き締めた。
その硬い胸板に、私の体をも震わせるその心臓の鼓動に、そのお世辞にもおしゃれとは言い難いがダサいとも言えない微妙なファッションセンスに、その他にも全ての彼を網羅して、彼は構築されていた。
とめどなく流れる涙が彼のTシャツに落ちるのがとても信じられなくて、あぁ、彼に涙を落としたのは炉前以来だと思った。
でも、何故彼はあの日の服装をしているのだろう。
ひときしり涙を流して冷静になった思考から出でた、唐突な疑問だった。
服装だけじゃない。
その日交わした婚約指輪でさえも、彼と私の左薬指にあった。
ふと、不思議な伝承や都市伝説が好きだった彼から聞いた話を思い出した。
そうか、ここはパラレルワールドなのか。
都合のいいifの世界。
そう結論づけて瞬間、彼は私から飛び退いて、急に真顔になった。
まるで機械みたいだ。
ただ用意された台本を棒読みしているだけ、といった感じ。
答えようとしない。
これでは一方的すぎる、私は呆れた。
え、
死ぬ、ということだろうか。
私一人ならまだしも、彼はもう一度死ななければならないのか?
彼に憑依した人が一拍おいて、私がごくり、とつばを飲んだとき。
ノックが三回。
気分は如何でしょう?と聞きながらいそいそとバイタルチェックを行う彼女は、私の枕元で微笑む彼を無視していた。
まるで、彼が見えていないみたいな態度だった__
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。