第7話

第7話 睦月の勘違い
1,989
2019/05/26 09:01

翌日。


期末試験までは3人で勉強会をしようということで、昨日と同じく、美鳥たちは自習室に集まった。


帰りもまた、睦月が一緒なのだろうかと、美鳥は気を張りつめさせている。
乾 睦月
乾 睦月
あれ? 化学の問題集、教室に忘れてきたみたいだ。
ちょっと取ってくる
砂川 風馬
砂川 風馬
はいよ

睦月が席を立ち、教室に戻っていった。


その隙に、風馬の顔がずいっと美鳥に近づけられる。


突然のことに対して、美鳥はのけ反った。
花岡 美鳥
花岡 美鳥
びっくりした……なに?
砂川 風馬
砂川 風馬
今日こそは、睦月と2人きりで帰れ
花岡 美鳥
花岡 美鳥
え、無理無理無理っ!

そんな勇気はないと、先月言ったばかりだ。


それに、昨日の状況も、風馬は見ているはずなのだが。


美鳥がぶんぶんと首を横に振っていると、風馬は呆れたようにため息をついた。
砂川 風馬
砂川 風馬
あのなー……それじゃ俺の恩返しにならないだろうが
花岡 美鳥
花岡 美鳥
私、交換条件はいらないって言ったよ!
それに、今は一緒に勉強会もできてるし……十分だよ
砂川 風馬
砂川 風馬
逃げるのか? 俺がいないときが、仲良くなるチャンスだろ?
花岡 美鳥
花岡 美鳥
うっ……

不敵な笑みを浮かべながらも、にらみつけるような力強い視線に射抜かれ、半ば脅される形で美鳥は頷いた。



***



こういう日に限って、時間が過ぎるのを早く感じるものだ。


勉強会が終わり、昨日と同様に3人で一緒に帰る流れだったのだが、風馬が「部活の仲間に誘われた」と嘘をついて、先に帰っていった。


美鳥と睦月を、本当に2人きりにしたのだ。
花岡 美鳥
花岡 美鳥
(ああー! 助け船が……!)

頼りになる存在を失って、美鳥は暴れる心臓を持て余しつつ、ぎくしゃくしながら睦月の隣を歩く。


それを感じ取ってか、睦月は気を遣うかのように話しかけてくれた。
乾 睦月
乾 睦月
風馬、思ってたよりも、いいやつでしょ?
花岡 美鳥
花岡 美鳥
う、うん

美鳥はこくこくと頷いた。


確かに睦月の言う通りで、いつも無表情でクールな様子からは想像もつかないような言葉が、度々出てくる。


見た目に反して、純情で、熱意を内に秘めている。


「かわいい」と言われたのもそのうちの1つだ。
花岡 美鳥
花岡 美鳥
(あ、思い出しちゃった……)

あの瞬間の、風馬の声も抑揚も言葉も、はっきりと覚えている。


思い返す度に、美鳥は赤面してしまうのだ。


その反応を見た睦月は、くすくすと笑いだした。
乾 睦月
乾 睦月
花岡さん、もしかして、ずっと風馬のことが気になってた?
花岡 美鳥
花岡 美鳥
え?
乾 睦月
乾 睦月
話したかったのは、風馬だったんじゃないの?
花岡 美鳥
花岡 美鳥

どうやら、美鳥が毎日2人を遠くから見つめていた理由は風馬にあるのだと、睦月は思っているようだった。


誤解を招いているが、美鳥には説明する術がない。


誤解を解くには本当のことを話す必要があるが、それは、美鳥が睦月のことを好きなのだと、告白することと同等だ。
花岡 美鳥
花岡 美鳥
(どうしよう……)

美鳥は視線を泳がせ、うつむくばかりだ。
乾 睦月
乾 睦月
あ……ごめんね? 困らせるつもりじゃなかったんだ
花岡 美鳥
花岡 美鳥
……ううん

それから、美鳥の自宅に送ってもらうまでの間、睦月の話題は風馬についてだった。


男気があって頼りになるし、本当は誰よりも優しくて家族思い。


柔道部でもエースだったし、勉強が苦手でも頑張る姿は尊敬できる、などなど。
花岡 美鳥
花岡 美鳥
(すごく楽しそうに話すなあ……)

美鳥も知っていることばかりだったが、この日の睦月は、これまで見てきた中で一番輝いて見えた。


――美鳥はそんな睦月を前にして、胸の高鳴りとはまた違うものを感じていた。

【第8話につづく】

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