風馬と約束をした、その日の放課後。
早速、いくつかある自習室のうちの1つに、美鳥と風馬はやってきた。
中は4人までなら一緒に勉強できる広さがあり、机と椅子が準備されているので、友達同士で集まる生徒も多いのだ。
風馬と斜め向かいに座り、美鳥がそう尋ねると、風馬は唸った。
心底嫌そうに、鞄の中からくしゃくしゃになった成績表を取り出し、美鳥に手渡してくる。
双子の睦月は成績優秀で、いつも学年総合トップを争っている。
美鳥も彼ほどではないにしても、文系の上位20位以内には確実に入っているのだが。
風馬は中の下だ――後ろから数えた方が早い。
特に苦手なのは英語のようだ。
授業でやっている内容はそれぞれ進度も違うので、風馬が持っていたテストの答案の復習をすることにした。
美鳥は順を追って解説をしようとしたのだが、中学で習ったはずの文法の基礎ですら、風馬はハチャメチャだ。
主語の後に動詞がくる、ということすら理解できていない。
今までの先生たちも、風馬にはかなり手を焼いたのだろう。
単語はある程度覚えているようなので、暗記が苦手なわけではないらしい。
それから、美鳥はまず、基本的な文法の説明を始めた。
いつになったら高校レベルに追いつけるのか、気が遠くなりそうだったが、風馬は諦めずに分からないところを質問してくる。
あの睦月と肩を並べたいという、風馬の思いを大切にしたい。
美鳥も、必死に言葉をかみ砕いて、風馬が納得できるまで説明した。
恐くて気絶までした相手に、その日のうちに勉強を教えているなど、にわかには信じられない。
風馬は、憧れの睦月と双子なのだが、だからといって睦月の影を重ねてドキドキすることもない。
いつの間にか自然に話せるようになっているし、それがおかしくて、美鳥は笑い出した。
突然の褒め言葉に、美鳥は笑うのを止め、顔を真っ赤にして照れた。
それから、風馬は睦月の好きなものや趣味など、いろいろと美鳥に教えてくれた。
美鳥も、睦月に興味を持った理由――二次元のものが好きで、睦月はそこから飛び出してきたように見えたことなどを正直に話した。
風馬に呆れられることを覚悟していたが、彼は一切、美鳥の趣味を笑わない。
興味なさそうに、「ふーん」と一言こぼしただけだった。
風馬の新たな一面を知ったことで、美鳥はなぜ今まで風馬に興味を持たなかったのかと、後悔した。
もっと、風馬のことも知りたいと、美鳥は思い始めていた。
【第5話につづく】
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!