第13話

僕と君のうつくしい世界
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2019/09/01 12:22
凪音柚葉
凪音柚葉
…雪川くん
僕を呼ぶ声が聞こえた。
僕は静かに息を呑んだ。
きっと、何百年経っても、その声は忘れない。
忘れられるはずがない。
僕は、振り向いた。
雪川葵
雪川葵
…凪音さん
夕焼け色の音楽室のベランダで。
僕らは、見つめ合った。
僕らの出会った、あの時のように。



 





走りながら、私は、2人の言葉を思い出していた。
高村陽花
高村陽花
凪姉さん、雪兄さんと何かあったの?
冬のある日のことだ。
放課後、部活のなかった私は、特に何をするでもなく1人で教室に残っていた。
窓の外では、白く光る雪が舞っている。
突然、教室に、まどかを連れて戻ってきた陽花は、そう言った。
凪音柚葉
凪音柚葉
…え、急にどうしたの
合っているか合っていないかよりも、そっちの方が驚きなのは私だけだろうか。
高村陽花
高村陽花
だって、2人とも、夏休み前からずーっと話してないじゃん!それぐらい分かるよ!
早見まどか
早見まどか
で、どうなのよ。
葵と、何かあったの?
陽花とまどかが私に詰め寄る。
1つ溜息をついて答えた。
凪音柚葉
凪音柚葉
あったのはあったけど…。
…もう、無理だと思うし
私が小さくそう言うと、2人は声を揃えた。
高村陽花
高村陽花
凪姉さんが諦めないでよ!!
早見まどか
早見まどか
凪が諦めないでよ!!
凪音柚葉
凪音柚葉
…へ
仲良く声を揃えた2人に驚いて間抜けな声が出た。
陽花とまどかは、図書室での出来事から、また仲良く喋ったり遊んだりしているらしい。
こんなに仲良しとは思わなかったが。
はあ、とひとつ溜息を落として陽花が言う。
高村陽花
高村陽花
私が言うことじゃないけど…諦めたら絶対後悔するよ。私だってずっと後悔してた。何でもっと早くまどかと話せてなかったんだろうって。
…けど私は凪姉さんにそんな思いしてほしくない。…後悔、してほしくない
私は、瞬きを返した。
後悔。
いつかきっと、雪川くんと話せなかったことを、私は、後悔するのかもしれない。

けど、私はーー


まどかがふんと鼻を鳴らした。
早見まどか
早見まどか
ーあんたも面倒くさいわね。そりゃ、怖いかもしれないけど。
でも、私は、…前に進んでよかったと思ってる。…だから、後悔するぐらいなら、向き合いなよ。
…それしか、ないんだよ
まどかの声が一瞬沈んだけれど、最後は言い捨ててふんと鼻を鳴らす。
そんなまどかに陽花が茶々を入れる。
高村陽花
高村陽花
面倒くさいのはまどかもじゃない?
早見まどか
早見まどか
うるさいわね
むすっとした顔でまどかが顔をそらす。
自覚はありそうだった。
早見まどか
早見まどか
とにかく。
きっと私達じゃ葵には届かないから。
…よろしく、頼むわよ
高村陽花
高村陽花
私からも。
…頼んだよ、凪姉さん
その言葉に、私は言葉を返せなかった。



けど、今なら分かる。
2人の願いも、言葉の意味も。





私は、谷小の音楽室を目指して走っていた。
『最後のお別れ』をしにくるのは、きっと、私達が出会った場所だと思ったから。
あの、音楽室のベランダへ。
茜色の町を走って行く。


急げ。
早く、雪川くんのところへ。
走れ、私ーー





奈緒の家を出て、僕は、茜色の町を抜けて、谷小の音楽室のベランダへ向かっていた。
谷小の緩い防犯システムに助かった。
校門は開いてるし、音楽室の鍵も開いている。
音楽室のベランダへと出て夕焼けに息を呑んだ。
うつくしい。
不意に、凪音さんの声が聞こえた気がした。
凪音柚葉
凪音柚葉
私は、信じてる。
きっと、いつか。
ー世界をうつくしく思えるときを
あの時、君は、何を思ってそう言ったのだろうか。


ああ。僕は、君のことを何も知ろうとしていなかったのだと、やっと気づいた。
凪音柚葉
凪音柚葉
ー雪川くん
僕を呼ぶ声が聞こえた。
僕は静かに息を呑んだ。
きっと、何百年経っても、その声は忘れない。
忘れられるはずがない。
僕は、振り向いた。


凪音さんが、そこに立っていた。
雪川葵
雪川葵
…凪音さん
僕は、思わずそう呟いた。
痛い。凪音さんの姿だけで、痛かった。
凪音柚葉
凪音柚葉
…雪川くん、私は、うつくしくないよ
ぽつりと凪音さんは呟いた。
僕は、眉を顰めた。
雪川葵
雪川葵
そんなのー
違うよ、と続けようとして、気づいた。



震えていた。
凪音さんは、1人で、恐怖に怯える子供のように、震えていた。


凪音柚葉
凪音柚葉
ひとりにしないで
その言葉で、充分だった。




強く、うつくしい人だと思っていた。
穢く残酷な世界を見ても、未だ見ぬうつくしい世界を信じられる、強い人だと。

違ったのだ。
傷つかないのではなくて。
傷つき過ぎて、何が傷なのか分からないだけで。
痛くないのではなくて。
痛みを知りすぎて、何が痛みなのか自分でも分からなくなってしまっただけで。
もう、自分の信じたうつくしい世界しか、凪音さんには残されていなかったから。






ー僕と、同じだった。

凪音さんも、僕と同じだった。
傷を知って、痛みを知って。
ひとりに怯える、ただの少女だった。


凪音柚葉
凪音柚葉
…話をしようよ。
私達がこのままじゃ交われないなんて、そんなの、嫌だよ。
小さくそう言って、凪音さんは顔を上げた。
凪音柚葉
凪音柚葉
だからー





凪音さんは、笑って言葉を続けた。
哀しくなるほどうつくしい、あの笑顔で。




凪音柚葉
凪音柚葉
進もう、一緒に


ひとりは嫌だと。
僕と、進みたいと。
…僕で、いいのだと。



ー僕らで一緒にうつくしい世界を見るのだと。



雪川葵
雪川葵
……ありがとう、凪音さん
この痛みも、僕だった。
大切な、僕の一部だった。
凪音柚葉
凪音柚葉
…私でも、いい?
嘘つきの、私でも、いいの。





そう言った君に、僕は笑いかけた。
雪川葵
雪川葵
君がいいんだよ


僕らは、顔を見合わせて、笑った。



そして、夕焼け空を仰いだ。






青春とは、恋とは。
不可解なものだ。
青春とは。
傷つきながらも、うつくしい世界を探すことだ。
恋とは。
誰かと、うつくしい世界を見たいと思えることだ。







重なり、すれ違い、交差する想いの中で。
僕らは、生きてゆく。










ーああ、なんて、世界はうつくしい。




僕らは、うつくしい世界で、確かに恋をしていた。






『青春クロスロード』

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