中学に入って初めての夏がやってきた。
高村さんー陽花を助けて以来、僕は陽花と親しくなった。
そして陽花も、凪音さんと僕にくっついてくるようになった。しつこいしうるさいが、まあこんなのもたまにはいいだろう。
…たまにはだけど。
溜息をつきつつ凪音さんが聞く。
青空の光の差し込む放課後の教室。
3人以外誰もいないからか、何だか秘密基地みたいな感じがする。
目を輝かせて陽花が身を乗り出す。
何だか、今日は陽花の様子がおかしい気がする。
いつもより、ほんの少しだけ目が揺れている。
迷っているように、焦っているように。
哀しそうに。
白い目をして凪音さんが冷たく突っ込む。
凪音さんの冷たい視線に負けたように陽花が肩を落とす。ガックリ、という感じだった。
こっちはビックリだ。
あれで嘘をついていたつもりだったのか。
そう聞くと陽花はあさっての方向を向いて笑った。目も合わせようとしない。
僕は軽く圧をかけてみた。
陽花は分かりやすく青褪めた。
え?そんなに圧はかけてないよ?本当だよ?
僕の視線に気づかないフリをして凪音さんは陽花の方を向いた。
僕の視線の方向にいた陽花が青褪めてペコペコと頭を下げた。いや陽花じゃないって。
当の本人ー凪音さんは見事にスルーしているが。
歯切れの悪い言葉だった。
なるほど、様子がおかしいのはその用件のせいか。
今日学校に来て自分の下駄箱を覗くと、なんと紙が入っていた。そこにはこんなことが書いてあった。
用があるから放課後教室に残って!!
お願いします!!!! 陽花
凪音さんにも同じものが入っていたらしい。
お願いというか懇願というニュアンスだったのが気になっていたのだが…。
言いにくいようなことだったのか。
それなら説明がつく。
僕は小さく首を傾げた。
知らない人だった。丘小の人だろう、多分。
見ると凪音さんも僕と同じように首を傾げていた。
陽花は俯いていた顔を上げてはっきりと言った。
………はい?
あ、いけない。
つい、はあ?とか言っちゃった。
凪音さんも怪訝そうに眉をひそめている。
陽花は、また俯いた。
顎までの茶髪で顔が隠されて表情は分からない。
そして、それを想像する想像力も、僕にはない。
いよいよ凪音さんの声も訝しむようになる。
凪音さんの言葉に、陽花はやっと顔を上げた。
陽花は、呟くように、ぽつりぽつりとそう零した。
僕と凪音さんは、わずかに目を見開いた。
本当に苦しそうに、陽花は言葉を続けた。
約束。
陽花と、まどかという2人の少女が結んだ約束。
それは、あまりにも、哀しく、優しかった。
声が、震えていた。
それは、そうだろう。
憎むに決まっている。それが自分の結ばせた約束のせいだとしても。
僕の言葉に、陽花は横に首を振った。
強く、否定していた。
泣くかと思った。
けれど、陽花は泣かなかった。
顔を泣き顔に歪めて、それでも。
涙だけは、零してはいけないと言うように。
深々と頭を下げる陽花に、僕と凪音さんは顔を見合わせた。
僕と凪音さんは、しょうがない、というように1つ息をつき、陽花へと視線を戻した。
陽花がゆっくりと顔を上げた。
恐る恐る、迷子の子供が、差し伸べられた手を掴むように。
はあ、と凪音さんがわざとらしく溜息をつく。
つんと突き放すように言った凪音さん。
陽花は顔を輝かせ、もう1度頭を下げた。
詰まったような声の陽花に、僕と凪音さんは微笑みを向けた。
さあ。
完結させよう。
2人の少女の、互いを想い合う故に生まれた、哀しく優しい、約束の物語を。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。