脱兎のごとく駆け出すあなた。
振り返って全然進んでいなかったことに気がついた。
何事かと目をみはった影山と目が合う。
無人島で何日も過ごして諦めかけていた時に
救助ヘリが飛んできたような感覚になった。
なにしろほとんど進んでいなかったので
数秒もかからない。
迷いなく影山に抱きつく。
影山が真っ赤になって困っているのを、
あなたは気がつかない。
子供のようにわあわあと泣いて喚く。
夜中にこれだけ騒いで誰も様子を見にこないのは
男女2人きりという状況の察しだった。
裏で何度も叱りに行こうとする澤村と、
からかいに行こうとする月島と、
何故か止めに行こうとする研磨と菅原を、
総動員で押さえ込んでいたのを2人は知らない。
少しの間葛藤していた影山だが、
なお泣き続けているのを見て、
そっとあなたの頭をなでた。
思わず泣き止んできょとんと影山を見つめる。
ようやく影山の顔が赤いことに気がついた。
ふっと冷静になったあなたは自分の状況を把握し、
自分も真っ赤になって離れた。
頭が真っ白というか真っ赤というかなので
きちんとした対応が出来ない。
思い出す。
特に深くは考えず軽いニュアンスで答えてしまった。
また一段と影山の顔が赤くなる。
呆れたように笑って少し落ち着く。
再び赤くなりうつむく。
必死に自分に言い聞かせて落ち着こうとするが、
どうにも意識してしまう。
静かになった。
顔が軽く青ざめる。
ぱちんと手を合わせて上目遣いに影山を見る。
そっぽを向いたのは顔が赤くなったのを隠すためだ。
そういうことになった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!