『稲汰だけが頼りなの……』なんて。
(稲汰)本当は、聞きたくないよ。〝僕だけが頼り〟なら、僕を好きになってよ。……でも、きみのためならしょうがない。
静かに。でも、意思は強く。神奈の声が、部屋に響く。ぽつり、ぽつりと紡がれていく言葉を聞くたびに、稲汰は涙が溢れそうになっていた。
(稲汰)わかってた……わかってたはずなのに……。応援するって……、神奈ちゃんのためになることをするって……。心から、神奈ちゃんを笑顔にしたいと思っているのに。
〝あぁ、やっぱり僕はダメな奴だな。〟
涙をこらえようとするたびに、稲汰の心も締め付けられそうになる。
(稲汰)せめて。どうか……気づかないでほしい……。この、涙を。この、醜い気持ちを……
精一杯の、笑顔で返す。もちろん、気持ちは、込めようとしても込めることができなかった。
神奈は、ただ稲汰の反応に驚いている。
沈黙が続く。稲汰は、神奈に言葉を返すことができずにいた。
(稲汰)なんでわかったかって?そんなの……神奈ちゃんが好きだからに決まってるじゃんか。
こんなこと、神奈本人には言えないから。
稲汰は、そう口にしてから後悔した。神奈は、真っ赤に頬を染めている。こんな顔を、見たかったわけではないのに。
上部だけの、微笑。いったい何をしたいんだろうか、と、稲汰は思った。神奈のためになることをしたいとか思っているくせに、結局は神奈にヤキモチをやいている。
(稲汰)僕じゃないことは、わかってたんだ。わかってた……けど……
稲汰が思考の世界に入り込もうとしていたとき、急に神奈が口を開いた。
それは、完全に〝恋〟をしている人の言葉で。稲汰が入り込む隙間なんて、とっくになくて。
うつむいた瞬間、稲汰の頬に一筋の涙が流れた。
それに、神奈が気付くことはなかったが。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!