その日もまた、用事で
父さんの大学に行っていた。
準備室を訪ねたら
父さんに待っているように言われたから
図書室で自習をしていた。
自習が終わっても父さんは来なかった。
まだまだ時間があるなら
図書室の本でも読もうか、と本棚を見て回る。
気に入った本を見つけて
荷物を置いておいた席に戻る。
読み始めたのは人気作家のミステリー小説。
俺はすっかり夢中になって読んでいたようで
あっという間に読み終えた。
ページ数が少なかったのもあるけど。
俺が本を閉じて
元あった棚に戻しに立ち上がると
俺の目の前に"彼女"がいた。
気がつかないうちに
同じ机で向かい合わせて
座っていたみたいだった。
彼女が開いていたのは分厚い小説。
なぜここにいるのかと周りを見渡すと
俺の前にしか席が空いていなかった。
俺があまりにも凝視していたからか
話しかけられた。
話しかけられると思わなくて
上ずった声で返す。
何度も会ったことがあるのに
話したのは初めてだった。
よく通る綺麗な声。
彼女は控えめに、上目遣いで言う。
俺のことを覚えてた…⁉︎
わずかに鼓動が速くなる。
彼女はわずかだが、
俺に少し微笑んだ。
自分の中で何かが高まるのを感じた。
そこから少しだけ、彼女と話をした。
彼女は俺より1つ年下だった。
とても本が好きで、
ここの大学にしかない本を求めて
図書室に来ているらしい。
俺は話せたことの喜びで
彼女からの話を聞いてばかりいた。
俺が話を聞いてばかりいることを
気にしてか、俺に話を振ってきてくれた。
俺は大学に行く時、
いつもマスクをしていた。
大した理由はなかった。
この時俺の中学校では
俗に言うマスクイケメンがモテていた。
俺は中学校でそれを狙っているとは
思われたくないけど、
少し憧れていたから
大学に行く時はカッコイイ
色んなバリエーションのマスクをつけていた。
さっきの理由を説明すると
カッコ悪い気がして誤魔化した。
俺の雰囲気を察してか、
彼女はそれ以上何も言わなかった。
…優しいなぁ……。
そこからまたしばらく話していると
父さんが彼女の母親らしき人と来た。
彼女は今までで1番の笑顔を俺に向けると
本を閉じて自分の母親の方へ
歩いて行った。
俺の頭の中に彼女の笑顔が深く刻まれる。
確信した。
これは恋だって。
経験したことのない気持ちに戸惑う。
数えるほどしか会ったことがない。
さっきまでのたった数分しか
話したこともない。
きちんと名乗ってすらいない。
俺も、"彼女"も。
お互いのことをほとんど知らない。
だけどこんなに胸がときめくのは。
恋だと、俺の心が叫んでいた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。