第110話
82ページ目。 朱太マーカー。
皆で水遊びした時には
使わなかったのかボートは乾いている。
こういうボートって、
よく落ちるんじゃ…。
私の心を読んだように返事をした天月君は
先に海へと走って行ってしまった。
慌てて貴重品などを
バックの奥にしまい込んで、
天月君を追いかけた。
ここまでは何とかボートに
しがみついて来た。
ここから乗るとか……怖い。
天月君にボートを支えてもらいながら
勇気を持って乗る。
波にかなり左右されがちで
安定感は薄いが、
浮き輪より断然楽しい。
昔の記憶がないからかな、
こういう些細なこともいいな…。
バランスを崩さないように
優しくボートを進めてくれる天月君。
水が苦手な私は上手く水と接する方法を得て、
久しぶりに無邪気な声を出していた。
その声に自分でもビックリした。
天月君もボートを押しながら
太陽よりまぶしい笑顔を浮かべる。
この光景、見覚えが…
バシャッ!
大きくしぶきを上げて
私はボートから落ちた。
そして私は泳げない。
水に口を侵食されながら
底に吸い込まれるように
私の体は沈んで行く。
タイミング悪く波が大きくなり、
天月君も助けようとしてくれてるが
その手は中々掴めない。
顔まで沈みかけた時
何かが私の肩を掴み、抱き寄せた。
心底心配しているように
整った顔を崩す彼に
呼んだことないはずなのに
口から自然と出た彼の呼び名。
彼は誰?
どうしていつも悲しそうな瞳をするの…?
私は落ちるまぶたを止めずに
意識を手放した。