あの日以来、俺は何かと先輩のことを耳にするようになった。
多分、俺が意識していたから耳に入ってきただけだと思うけど…。
”大倉ゆな”
それが先輩の名前だった。
元気で明るく、たまに廊下ですれ違う時も、いつも笑顔でとても楽しそうだった。
俺は感情を表に出すのが苦手だから、こんなにも明るく感情を表に出す人を見てると羨ましいと思った。
遠くから見てるだけだったが、知れば知るほど先輩の魅力に気づいていく自分がいた。
何故か、あの嵐のように一瞬の出来事から先輩のことが脳裏に焼き付いて、忘れられなかった。
ぶつかった直後のきょとんとした顔。
我に返り、慌てた時の顔。
俺に謝る隙すら与えず、何度も何度も謝ってきた時の顔。
そして最後に見せたあの笑顔…。
何でだろう。
何で意識してしまうんだろう。
あんなこと普通にあることなのに…。
こんなことは初めてだった。
気づけば6月。
俺は教室から窓の外を眺めていた。
「ふっ…笑」
思わず笑みが溢れる。
先輩が、いたのだ。
先輩は移動教室なのか、渡り廊下を友達とはしゃぎながら歩いていた。
ところが、話に夢中になりすぎて前が見えていなかったのか、教頭に思いきりぶつかってしまった。
慌ててペコペコと必死に頭を下げている。
そんな先輩を見てると面白いし、見てて飽きない。
「春樹?聞いてんのかー?」
友人である優斗のそんな声に、ハッと我にかえる。
「あぁ、聞いてるよ。」
「嘘だ。何見てたんだよ。」
そう言い、優斗は窓の外に目を向けた。
やばい、先輩のこと見てたのがバレる。
優斗とはいつも一緒にいるから、もう薄々気づかれているかも知れないけど。
「はぁ…また先輩かよ。」
は…?
”また”って何だ?
やっぱりもう気づかれてたってことかよ。
驚いている俺の表情を見て、優斗は呆れた口調で続けた。
「まさか気づかれてないとでも思った?」
やっぱり、気づいてたのか。
「お前が大倉先輩を好きってことくらい、もうとっくに知ってるわ。」
「え?!」
何言ってんだこいつ。
俺が、先輩のこと…好き?
「まさか自覚ねぇのかよ?!」
優斗は驚いて目を見開く。
自覚も何も…。
俺が先輩を見ているのは、ドジな行動が見てて面白いからだし。
きっと、意識してしまうのも、面白いものを見たい、という野次馬根性が働いているだけだ。
決して先輩のことを好きだから見てるわけではない。
うんうん、と1人で納得していると、それを見た優斗が俺に向かってキッパリと言った。
「お前は、大倉先輩のことが好きなの。いい加減認めろ。」
「いやいや、認めるも何も。まず好きじゃねーし。」
「一生そう言ってろ。」
まじで何言ってんだよ。
認めろ???何を?
俺が先輩を好きとかありえねぇんだけど。
こんなドジでバカな先輩のことを好きになるわけないだろ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。