「ゆな!綾崎!おはよー」
美奈との談笑に夢中になっていたら、いつの間にか空が来ていた。
エプロンを装着し頭には三角巾を被っている。
小学生の調理実習みたいな格好で、なんかださいと思うのは私だけだろうか…。
「おはよう〜」
私が挨拶を返したのにも関わらず、空の目線は美奈に向いている。
いつもと違う美奈の着ぐるみ姿に見惚れているんだろう。
「あ、空おっは!ねぇ、みてみて!可愛いでしょこれ!」
美奈は着ぐるみの頭を被り、一回転回ってみせる。
空はそれを見て口角を上げ終始ニヤニヤとしている。
そして何故か、鼻までヒクヒクさせている始末である。
おええ…はっきり言って気持ち悪い。
そんな格好で…お願いだからやめてくれ…。
美奈が着ぐるみの頭を被っててほんとに良かった。
「ちょっと私、外見てくるね。」
着ぐるみから頭を出した美奈と、口元を手で隠し笑みを抑えようとしている空に、私はそう声をかけ、廊下に出ることにした。
気を利かせ、2人きりにさせてあげるためだ。
廊下に出ると、文化祭の開店準備をしている生徒たちが慌ただしく道具を運んだり最後の飾り付けをしたりしていた。
私はクレープ屋の会計担当だから、特にやることはない。
なので、文化祭が始まる時間まで廊下をぶらぶら歩くことにした。
文化祭でいつもの学校も違う場所に見えて、ただ廊下を歩いているだけなのになんだか楽しい。
こうしていると嫌なことも考えなくてすむし…!
軽い足取りで廊下を歩いていると、生徒玄関前のスペースに何やら人だかりができていた。
「楽しみすぎる!」
「今年はどうなるか検討もつかないんだけど!」
人だかりのほとんどが女子で、とても興奮している様子だった。
彼女らをそんなにも興奮させるものはなんなのか、私は気になり、人混みをかき分けて前に進んだ。
「あっ、」
そこには、並べられた張り紙が貼られていた。
ミスコンの、張り紙。
「今年の優勝は空くんで決まりかな〜。」
「今年こそ優勝してほしいよね!私、空くんに入れる。」
そう騒ぐ2人の女子を遮って、ある女子が言った。
「え〜、私は今年の優勝は絶対、椎名くんだと思うんだけど。」
不意に出てきた”椎名くん”という単語に、ドキリとした。
「あ、椎名くんがいた!」
「まさかエントリーすると思わなかったよね。そういうの、興味なさそうなのに。」
彼女たちの興奮は更に高まる。
そうなのだ。
椎名くんが、
ミスコンにエントリーしたのだ。
最初それを聞いた時、私は幻聴かと疑った。
だって、あの椎名くんが…。
噂によると、自分から立候補したらしい。
椎名くんがエントリーしたことに対しての疑問より、椎名くんがミスコンに出場することで、彼の人気が高まるのが嫌だった。
椎名くんの魅力は私だけがわかっていたい。
避けられてる立場であるのに、何を言ってるんだろうと思うかもしれないが、これを機に椎名くんに猛アプローチする人も出てくるかもしれない…。
そして椎名くんは、私と一生口を聞いてくれない、目も合わせてくれないまま、他の女の子と付き合っちゃうかもしれない…。
段々と無愛想な顔で写っている椎名くんの張り紙が涙でぼやけて見えてきた。
あ、だめだめ。今日は思い切り楽しむって決めたんだから。
私は自分で自分を言い聞かせて、張り紙に背を向けた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。