部屋を追い出された私は、一階に下りて、カウンターの奥にあるスタッフルームに入った。
あっ!
あなたちゃん、どこにいたの?
もう帰ったかと思ってたよ
もうすぐ貸し切りの時間が終わるから、二人が来たら声かけてみない?
ウキウキと話す優菜ちゃんに、私はボソッと答えた。
実はさ……、
今までずっと、あの人たちの配信を見てたんだ
……え?
優菜ちゃんは私の言葉に固まると、おしぼりがたくさん入った箱を、ゴトンと床に落とした。
どっ、どっ、どういうこと!?
なんで見れたの?
あの部屋に入ったの?
ドリンクの差し入れを持っていったら、もう配信が始まってて……
それ以上音をたてるなって言われて、そのまま部屋で見てたんだ
うっそー!?
いいな、いいな!
私も一緒に見たかったよー!
歌い手の生配信なんて、めったに見れないからね?
優菜ちゃんは興奮して、私の両肩をがくがくと揺らした。
お、おちついて……
すると、カウンターからピンポーンと呼び出し音が聞こえた。
はっ!
もしかして、あの人たちが来た!?
はいはーい、今いきまーす!!
優菜ちゃんは私を置いて、カウンターへとダッシュした。
優菜ちゃんってば、歌い手のことになると、人が変わるんだから……
私はフラフラしながら、優菜ちゃんに続いてカウンターへと出た。
すると、そこにはやはり帝さんと颯さんが立っていた。
配信、お疲れ様です!
うまくいきましたか?
まぁ、とんだ邪魔が入ったけどな
うっ
帝さんがにらんでくるので、私はあわてて目をそらした。
突然フロアを貸し切っちゃって、すみませんでした
いつも使ってるスタジオが機材のトラブルで使えなくて……、本当に助かりました
ちょうど空いてたから、大丈夫!
今日だけとは言わず、ぜひまたここで配信してください!
歌い手さんなら大歓迎です!
ありがとうございます
ちなみに、歌い手名を聞いちゃってもいいですか?
……え?
帝さんが、明らかに嫌そうな顔をしたから、優菜ちゃんはあわてて続けた。
あ、無理にとは言わないので!
歌い手さんて、基本、素性を明かさないですもんね
帝、いいんじゃない?
どうせあなたちゃんにもバレてるわけだし
……しかたねぇな。
Simって名前で活動してる
……て言っても、わからねぇと思うけど
えっ、Simくん!?
知ってる、知ってる!
えっ!?
毎週金曜日の夜、ルイキャスで歌枠の配信やってるでしょ?
何度か聞いたことあるよ
ホントに!?
自慢じゃないけど、歌い手さんには詳しいから!
Simくんっていえば、人気上昇中の注目歌い手さんだからね
へぇ!
帝、よかったね
……ふん
帝さんはそっぽを向いたけれど、その顔はどこかうれしそうだった。
まさかこんなところで、僕たちの歌枠のリスナーさんに会えるなんて。
うれしいな
これからは毎週聴くね!
ね、あなたちゃん!
えっ?
う、うん
また配信でもカラオケでもいいから、来てくださいね
また来週来るけど。
な、あなた
あ、はい……
えっ!?
じゃあな
優菜ちゃんがびっくりしている間に、二人は店を出ていった。
今の、どういうこと!?
えーっと
まさか……、
Simくんとデート!?
ま、まさか!
そんなわけないじゃん!
いくら惚れっぽい私でも、
あんな性格が悪い人、無理だよ!
性格悪いの?
じゃあ、さっきのは何?
それは話すと長くなるんだけど……
そして私は、さっきまでのできごとを優菜ちゃんに話した。
へーぇ。
じゃあ、万年フラれガールのあなたちゃんをモデルに、オリジナル曲を作ることになったんだ
あなたちゃん、すごいね!
すごくはないけど、断れる状況じゃなかったんだよね
私は自嘲気味に笑った。
えーっ、
私だったら、ぜひ作ってもらいたいけどな
代わって欲しいよ……
しかも、あのSimくんでしょ?
さっきも話したけど、Simくんは今、人気上昇中の歌い手さんなんだからね?
ホントに?
私、毎日いろんな歌い手さんの配信チェックして、これから推せそうな人を探してるんだけど、
言いながら、優菜ちゃんはスマホを取り出して、私に見せてくれた。
ほら、この動画サイト見て。
Simくんのチャンネル登録者数、八万人だよ?
八万人!?
すごっ!
思わず、画面に顔を近づけて見入った。
あれ?
このプロフィールのアイコン、爽やかすぎ……
Simのアイコンは、薄い水色の髪の毛をした爽やかな二次元イラスト。
詐欺だよ!
ホントは俺様で性格悪いのに!
Simくん、俺様なんだ?
俺様キャラの歌い手もいいんじゃない?
そう?
まぁ、配信ではすごくいい人だったけど
でもSimくんって、けっこうイケメンだから、顔出ししても人気出そうだけどな
えーっ
あれ?
珍しいね。
あなたちゃん、イケメン大好きなのに
イケメンでも、あんなに性格悪い人は好きになれないよ!
そうなんだ
私も、さすがに高校生じゃ、恋愛対象にならないなぁ。
残念!
あの人たち、高校生なの?
そうだよ。
来店者カード見たら十七歳と十八歳だったもん。
たぶん、高三かな?
てっきり大学生くらいだと思ってた
それはそうと、二人とも来週また来るんだよね?
バイトがない日だといいなぁ
はは……
ワクワクしている優菜ちゃんに、私は苦笑いを返した。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。