第3話

ただいま配信中!
5,562
2022/12/20 11:00
耳にヘッドフォンを付けた彼は、歌手のレコーディング風景で見るような、パッドの付いた筒型の大きなマイクの前に立って歌い始めた。
(なまえ)
あなた
(ど、どうしよう?
リアルに配信中だよ!)
パニックになっていると、奥に座っている男の人が文字の書かれた紙を私に見せた。

『ここにいていいから、これ以上、音をたてないで』
(なまえ)
あなた
読み終えた私は、無言でうなずく。
(なまえ)
あなた
(音をたてないように、そーっと……)
私は、ゆーっくりとドリンクが乗ったお盆を机の上に置いた。

すると、また彼が紙を掲げる。

『空いてる席で、ゆっくり聴いてて』
(なまえ)
あなた
そして彼は、優しく微笑みながらうなずいてくれた。
(なまえ)
あなた
(ありがとうございます!)
私は無言でぺこっとお辞儀をすると、近くのソファーに座った。

机の上にはパソコンやいろんな機材が置いてあって、たくさんのケーブルがそれらをつないでいる。
(なまえ)
あなた
(これ、かなり本格的な機材だよね……)
部屋の真ん中では、さっきの怖い彼が、バラードの曲を見事に歌い上げている。
(なまえ)
あなた
(この人、すっごく歌が上手い……!)
あらためて聞くと、プロ並みのその歌唱力に驚きが隠せない。
(なまえ)
あなた
(しかも、めっちゃイケボだ……!)
さっきは怒鳴ってたから気づかなかったけれど、イケボ大好きな私も文句なしのいい声だ。
(なまえ)
あなた
(性格は最悪だけど、声はすっごく好み…… !)
この曲は、人気シンガーソングライターの最新曲。

私も大好きでよく聴くけど、彼のカバーは、オリジナルよりもさらに甘く、しっとり歌っていて、うっとりと聴き入ってしまう。

やがて訪れたサビの部分も、澄み渡るような高音ボイスで歌いあげ、うっかりオリジナルを超えたんじゃないかと思うほど。
(なまえ)
あなた
(いい!
……すごくいい!)
やがて歌い終えた彼に、思わず拍手をしようとして、ハッとなる。
(なまえ)
あなた
(音をたてちゃダメだった!)
私は、あわてて手を引っ込めた。

すると、彼はパソコンの前に移動して、リスナーからのコメントに目を通し始める。
吉村 帝
吉村 帝
ミウさん、あかりんさん、リンゴあめっちさん……、
拍手ありがとうございます
吉村 帝
吉村 帝
コメントもありがとう
吉村 帝
吉村 帝
歌ってほしい曲あったら、どんどんリクエストしてください
柔らかい口調で、画面の向こうのリスナーたちに呼びかける。

それは、さっき私の部屋に怒鳴り込んできた時とは大違いの、耳に心地よい穏やかな声だった。
吉村 帝
吉村 帝
さーやさん、こんばんは。
今から塾?
頑張ってー
今度はリスナーからのコメントに、返事をしていく。
吉村 帝
吉村 帝
らんらんさん、残業お疲れ様でした。
俺の歌聴きながら、ゆっくりして
(なまえ)
あなた
(うわぁ……、
さっきと全然キャラ違うよね)
(なまえ)
あなた
(まぁ、怒らせた私も悪いのかもしれないけど)
そして奥でパソコンをいじっている彼が合図すると、次の曲の準備を始めた。
吉村 帝
吉村 帝
じゃ、次はボカロ曲、いきます!
みんな好きなやつ
そう言って歌いだした彼の歌に、はっとなる。
(なまえ)
あなた
(……あ、この曲、私もよく歌う!)
さっきのバラードとは打って変わって、ボカロ曲らしいアップテンポの明るい曲。

曲に合わせて、彼の歌い方も変わった。
(なまえ)
あなた
(歌い手って、すごい……!)
その後も雑談を交えながら配信は続き、終わる頃には、すっかり私は彼のファンになっていた。
吉村 帝
吉村 帝
それでは皆さん、また来週金曜日の夜、お会いしましょう!
Simシムでした!
(なまえ)
あなた
(シム……?)
私は忘れないように、その名を心の中で繰り返す。

そして、無事配信が終了すると、
相良 颯
相良 颯
みかど、お疲れさま
奥に座っていた、穏やかな雰囲気の彼が声をかけた。
吉村 帝
吉村 帝
ああ。
無事、終わってよかった
歌い手の彼はヘッドフォンを外しながら、ふうっとひと息ついた。

やっと音をたてても良くなったことを確認すると、私はそーっと部屋を出ようとする。
吉村 帝
吉村 帝
おい、待て!
(なまえ)
あなた
あ……
私はびくっとして、ゆっくりと振り返った。
吉村 帝
吉村 帝
逃げるんじゃねぇ!
大事な歌の配信の邪魔しやがって、許せねぇ!
(なまえ)
あなた
(やっぱり、めちゃくちゃ怒ってる!)
(なまえ)
あなた
ホントに、すみませんでしたっ!
(なまえ)
あなた
差し入れしようと思ったんですけど、まさか配信中だとは思わなくて……
吉村 帝
吉村 帝
差し入れ?
俺は、飲み物を注文した覚えはねぇぞ?
(なまえ)
あなた
お店からのサービスってことで……
吉村 帝
吉村 帝
お前、ここのバイトか?
(なまえ)
あなた
いえ、うちの親がこのカラオケボックスを経営していて
吉村 帝
吉村 帝
お前、ここの娘なのか?
(なまえ)
あなた
はい
それを聞いて、彼は意地悪そうにニッと笑った。
吉村 帝
吉村 帝
それならちょうどいい。
今日の部屋代、タダにしろ
(なまえ)
あなた
ええっ!?
吉村 帝
吉村 帝
客の邪魔したんだから当然だろ。
オーナーの娘ならできるよな?
(なまえ)
あなた
そ、それは無理です!
吉村 帝
吉村 帝
人の配信ぶち壊しておいて、よく言うな。
全部お前のせいだろ。
なんとかしろ
(なまえ)
あなた
うう、わかりました……
(なまえ)
あなた
(あー、今月の小遣いはほとんど使っちゃったし、後でお父さんたちに土下座しなくちゃ……)
両親の顔を思い浮かべて、私は大きなため息をついた。

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