私は、突然飛び込んできた男の人を、まじまじと見つめた。
よく見れば、歳は私より少し上くらい?
サラリとした艶のある髪に、整った顔立ち。
白いシャツにジーンズっていうシンプルな着こなしだけど、背が高くて爽やかな雰囲気の彼によく似合ってる。
けれど、その瞳は怒りに満ち満ちていて、……すごく怖い。
爽やかな顔から放たれる、超絶冷たいセリフに、開いた口が塞がらない。
彼は私の腕をつかむと、強制的に部屋の外へと追い出した。
彼は念を押すように言うと、このフロアで一番大きいパーティールームに入っていった。
私はすぐに、一階のスタッフルームへと駆け込んだ。
急にミーハー心がむくむくと騒ぎ出して、止まらなくなる。
私たちは顔を見合わせてニッと笑うと、静かに階段を駆け上った。
* * *
四階まで来ると、私たちはパーティールームへと忍び足で近づいた。
しばらくすると、部屋の中から男の人が歌う声が聞こえてくる。
言われてみれば、さっきから何度も同じフレーズを繰り返し歌っていて、練習してるみたい。
けれど、聞こえるのは彼の歌声だけで、カラオケの音源は聞こえない。
確かに、これまで優菜ちゃんが目をつけた新人の歌い手さんは、必ずブレイクしていた。
その時、優菜ちゃんはピクッとイヤフォンを押さえた。
このまま一人で盗み聞きしているわけにもいかず、仕方なく私も一階へ戻った。
優菜ちゃんはぶつぶつ言いながら、オーダーシートを見て、コーラとウーロン茶をお盆に乗せた。
優菜ちゃんは、他のバイトの人に告げて、厨房を出て行く。
それを見て、私ははっと思いついた。
お店からのサービスってことで差し入れすれば、自然な感じで部屋に入れるよね?
私はニンマリと笑いながら、ジョッキにウーロン茶とオレンジジュースを注いで、四階へと駆け上る。
そして、澄み切った歌声が聞こえてくるパーティールームの前で足を止めると、深呼吸をしてから元気よく扉を開けた。
部屋の中にいた二人の男の人が、ぎょっとしたように私を見る。
ただならぬ空気を感じて、私は入り口で固まった。
奥の方でパソコンを触っていた男の人が、あわてたように口元に人差し指を当て、静かにしてというジェスチャーを私に送ってくる。
さっき怒鳴り込んできた彼の方を恐る恐る見れば、見たこともないような怒りの表情を浮かべて、私をにらみつけている。
ようやく事態を把握すると、ドリンクを乗せたお盆を持つ手がガタガタと震える。
私はなすすべもなく、その場に立ち尽くしていた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!