第24話

臆病者の恋① 〜帝side〜
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2023/05/16 11:00
吉村 帝
吉村 帝
ダメだ、気持ちが全然入らない……
俺はパソコンから流れる音を止めると、ヘッドフォンを外して、ベッドの上に転がった。
吉村 帝
吉村 帝
また、歌えなくなっちまったな……
あなたに彼氏ができたと聞いたあの日から、ショックで何も手につかない。

食事もろくに喉を通らず、夜も寝られず、ついには歌う気力すらなくなった。


ーーー三年前のあの時と、同じだ。

失恋のショックを引きずって、思うように歌が歌えなくなった。

我ながら、繊細すぎるメンタルに呆れる。
吉村 帝
吉村 帝
これ、歌い手失格だろ……
こうなることがわかってたから、もう恋愛はしないと決めていたのに。
吉村 帝
吉村 帝
(一体、いつから好きになってたんだろうな)
ぼんやりと天井を見上げながら、あなたとの思い出をさかのぼる。

* * *
吉村 帝
吉村 帝
俺は、お前をモデルにして、オリジナル曲を作る!
何度フラれても、めげずに次の恋へと全力で向かうあなたを見ていたら、これを歌にしたいと純粋に思えた。
相良 颯
相良 颯
帝、ホントに作詞できそう?
配信に乱入してきたあなたが部屋を出て
いき、二人になると、颯は心配そうに尋ねてきた。
吉村 帝
吉村 帝
ああ。
今度こそ、できる気がする。
自分のことじゃねーし
相良 颯
相良 颯
そうだね。
帝は自分のことを書こうとするたび、行き詰まっていたからね。
他の人をモデルにして書いた方がいいかもしれない
吉村 帝
吉村 帝
まぁ、な
ずいぶん前から、俺と颯はオリジナル曲を作りたいと思っていた。

颯に作詞は歌う人が作ったほうがいいと言われ、がんばって作詞をしようとした。

だが、書こうとすると過去の辛い恋愛体験がよみがえって行き詰まってしまい、前に進めずにいた。

けれど、あなたに出会って、あいつをモデルに歌詞を書きたいという気持ちがこみ上げた。
吉村 帝
吉村 帝
万年フラれガールってすげーよな。
なんで、フラれ続けて心折れねぇのかな
相良 颯
相良 颯
さぁ?
きっと、ハートが強いんだろうね
相良 颯
相良 颯
……帝、あの子が、うらやましいの?
吉村 帝
吉村 帝
は?
まさか!
吉村 帝
吉村 帝
純粋に、何考えてるか知りたいだけだ。
俺とは正反対なタイプだから
相良 颯
相良 颯
ふーん……
そう言って、颯は含みのある笑いを浮かべた。
吉村 帝
吉村 帝
なんだよ、その顔
相良 颯
相良 颯
どんな形であれ、帝が少しでも前を向いてくれたことが、僕にはうれしいんだ
吉村 帝
吉村 帝
それって、曲の話?
恋愛の話?
相良 颯
相良 颯
どっちも?
颯はなぜか、ひどくうれしそうだった。
吉村 帝
吉村 帝
残念ながら、恋愛的には全く前に進んでねーからな
……そう思っていたのに。
(なまえ)
あなた
フラれた時はほんとに悲しいけど……、
(なまえ)
あなた
やっぱり、恋って楽しいじゃないですか!
(なまえ)
あなた
誰かに恋してると世界がキラキラして、毎日が楽しくてしかたないんです
(なまえ)
あなた
彼に会えただけで、その日は一日ハッピーになれるし!
(なまえ)
あなた
……だから、私は誰かを好きになれただけで、幸せなんです!
そう言ったあなたの瞳は輝いていて、一つ一つの恋愛を心から楽しんでいるように見えた。
吉村 帝
吉村 帝
(好きになれただけで満足なら……、フラれても、相手を恨む事はないんだろうな)
あなたの懐の深さに、感心する。
吉村 帝
吉村 帝
(フラれて傷ついて、それをずっと引きずっている俺とは、正反対だな)
そのことをきっかけに、あなたを見る目が変わった。

……そんな矢先、あなたが颯に惚れかけていることに気づいた。

深入りする前に、颯には彼女がいることを教えたら、がっかりしていた。
吉村 帝
吉村 帝
(つーか、すぐに誰かを好きになるくせに、なんで俺のことは、好きにならないんだ?)
少なからず、プライドが傷ついた。

言ってはなんだが、俺は結構モテる方だと思う。

顔もそこそこいいと思うし、何より俺の歌声を聞けば、たいていの女子は落ちるはずなのに、あなたはちっとも俺に惚れるそぶりはない。
吉村 帝
吉村 帝
(なんか、ムカつくな……)
意地でも、こっちを振り向かせたくなった。

ちょうど、練習中だったシチュエーションボイスにかこつけて、普段なら絶対に言わない甘いセリフをあれこれ言ってみた。

途中、結構手応えを感じていたのに、
(なまえ)
あなた
えっと……、帝先輩の性格を知ってるので、惚れはしないんですけど
吉村 帝
吉村 帝
なんだ、それ
はっきり言われて、かなりショックだった。
吉村 帝
吉村 帝
(なんか、俺だけ空回ってる気がするな)
昔から、好きになればなるほど、素直になれずに、毒づいてしまう。

不器用であまのじゃくなこの性格に、自分でも呆れる。
相良 颯
相良 颯
帝、女の子には優しくしないと、振り向いてもらえないよ
見かねた颯が、ため息まじりに言った。
吉村 帝
吉村 帝
うるせえ。
いつも優しい、人間のできた颯みたいになれねぇよ
相良 颯
相良 颯
僕だって、できた人間じゃないけど
吉村 帝
吉村 帝
……やっぱ、女って優しい男が好きなのかな
相良 颯
相良 颯
男女構わず、人は誰かに優しくされるのが好きなものだよ
吉村 帝
吉村 帝
……じゃ、俺が恋愛に向かないわけだ
相良 颯
相良 颯
まぁ、そんなに決めつけないで。
帝にしかできないことだってあるんだから
吉村 帝
吉村 帝
え?
相良 颯
相良 颯
とびきりの歌詞を書きなよ。
それを帝が歌えば、きっと誰だって心を奪われる
吉村 帝
吉村 帝
親友の言葉に励まされて、俺は一気にオリジナル曲の歌詞を書き上げた。

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