食い下がる春の気を逸らすべく、
私は話題を変えた。
春は化粧道具を手に、
私の前に座ると──。
春の長い指先に、
顎をクイッと持ち上げられた。
春は初めに化粧水をつけたコットンで、
私の顔を軽く叩くようにする。
それから化粧下地とファンデーションを塗った。
(優しい手つき……。
本当にメイク、慣れてるんだな)
私は言われたとおりに瞼を閉じる。
アイホールになにかを塗られながら、
ふとさっきの春の顔が頭に浮かぶ。
(好きなものに熱中してるからかな。
春の目、キラキラしてた)
それを少し羨ましく思っていると……。
瞼を持ち上げると、至近距離に春の顔がある。
春は小指に紅をつけると、
とんとんと叩くようにして私の唇に載せる。
──トクンッ。
(あっ……春が近い)
男の子に顔を触られる経験がなかった私は、
不覚にもドキドキしてしまう。
すると、じっと見つめていたからか、
春が私の視線に気づいた。
目が合うと、春の動きも止まる。
自然と顔が近づいてきて、
唇が触れそうになった瞬間──。
春が慌てたように顔を背けた。
それを少しだけ残念だと思う自分の気持ちが、
理解できない。
(私……あのまま春がやめなかったら、
キスを受け入れてた?)
春は私に手鏡を渡す。
鏡を覗くと、見違えるように
大人びた女の人の姿がある。
感動して思わず大きな声が出た。
すると春は一瞬呆気にとられたような顔をして、
ふっと微笑む。
私は目を伏せて、
鏡越しに春と目が合わないようにする。
春が後ろからぎゅっと抱き着いてきて、
私の耳たぶに唇を寄せる。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。