春はそう言って、
また私にキスをする。
そう言って、何度も何度も唇を重ねた。
切なげな声が耳に届き、
私は自分の存在を刻むように、
自分からも春に口づけた。
***
【side春】
クリスマスから3日。
【美月が危篤になった】
そう美月ちゃんのお母さんから
連絡を受けた俺は病室に飛び込む。
言葉を詰まらせたお父さんに、
俺も息を詰まらせる。
(覚悟なんて、美月ちゃんが病気だって
わかってからもできなかった)
ついに、この日が来てしまったのだと
絶望する。
なんとかそう答えて、
俺は酸素マスクをつけている美月ちゃんの前に立つ。
治療の副作用で一度抜けて、
ようやく生えてきたという髪。
その前髪には、
俺のあげたヘアピンがついていた。
(俺を、美月ちゃんが受け入れて
くれている証……)
偽装ではなく本当に付き合うようになってから、
美月ちゃんは毎日つけてくれていた。
本当はクリスマスに渡したかった。
けど、本人が一緒にお店に行ける
わけではないので、サイズ調整で
手間取ってしまい、完成が遅れてしまった指輪。
俺はそれを美月ちゃんの左手の
薬指にはめてあげる。
震える声で呼びかけながら、
引き裂かれそうな胸の痛みに耐えながら、
俺は美月ちゃんの手を握った。
そのとき──。
【美月side】
どこからか、大好きな人の泣きそうな声がする。
(春……?
泣かないで、お願いだから──)
私は力を振り絞り、瞼を持ち上げた。
霞む視界の中、ぼんやりと見えるのは……。
(春だ……)
(届いてたよ)
そう言葉で伝えたかったのに、
声は出なかった。
抱きしめてあげたいのに、
指ひとつ身体は動かない。
だから私は、じっと春を見つめる。
すると思いが通じたのか、
春は泣き笑いを浮かべた。
涙をボロボロとこぼしながら、
春は精一杯、笑おうとする。
(それは私のセリフだよ。
私に恋をくれて、誰かを愛しいと
思う感情をくれて、ありがとう)
春は先生の許可をもらって酸素マスクを外すと、
私の唇に口づける。
(次に会えたら……。
そう思うと、眠るのが怖くないや)
悲しいけど、それ以上に嬉しくて、
私の目尻から涙が流れた。
また触れ合う唇。
あたたかな感触に導かれるように、
私は目を閉じる。
(幸せだった)
(短くても、価値がある人生だった)
(春、あなたが私の命に、
意味を見出してくれたんだよ)
(愛してる……)
私は唇を動かす。
声は出てない。
けど、唇を重ねていた春には
わかったみたいだった。
唇を重ねたまま、
春はそう言った。
(ありがとう)
(またね、春──)
***
【春side】
美月ちゃんのお葬式は、
俺の心とは裏腹に快晴だった。
葬式会場の広場で、
ひとり空を見上げていた俺のところへ
誠がやってきた。
(美月ちゃんがこの世界のどこにも
いないだなんて、誰が信じられる?)
俺は美月ちゃんとお揃いのペアリングを
はめた左手を、自分の額に押し付けた。
勝手に、涙がこぼれて頬を伝う。
答えの見つからない問いを吐き出す。
すると誠が、震える俺の背に手を添えてくれた。
(美月ちゃんの言葉……)
『人生、いつ終わるかわからないんだよ。
それなのに、なにかを我慢して
生きるなんてもったいない』
美月ちゃんの言葉を思い出してふっと笑うと、
誠も笑みを浮かべる。
目を丸くする誠に笑いながらも、
俺は顔を上げる。
俺は美月ちゃんに届くようにと、
ペアリングをはめた左手を
天に向かって伸ばす。
(ちゃんと聞いててよ、美月ちゃん)
(俺がどれだけ美月ちゃんを
好きだったのか、忘れないで)
(俺も、美月ちゃんを忘れない)
(笑顔も、たまに毒を吐くところも、
ゲームが意外と得意なところも、
本当は泣き虫なところも、全部──)
目に涙がたまり、ぼやけた視界の中……。
口元が自然と緩んでいくのを感じながら、
俺は声を張る。
そう口にしたとき──。
『春のバカ』
そんな彼女らしい悪態と笑い声が、
澄み切った青空から聞こえた気がした。
END
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!