第11話
甘酸っぱい空気
【春side】
(つーかさっきも、俺にとって美月
ちゃんが大切な存在になったら困る、
みたいなこと言ってなかったか?)
(胸が痛いんですが)
美月ちゃんから別れると言われて、
頭が真っ白になった俺は……。
とっさに告白をなかったことに
してしまった。
(やっぱ、女好きのチャラ男に
告白されるなんて、迷惑だからか?)
そのとき、誠の言葉が頭に蘇る。
『春がゲーム感覚で女の子と付き合ってた
つけが回ってきたんじゃない?』
(──ぐうの音も出ない)
俺は頭を抱えて、
廊下に座り込む。
(今は様子を見て、
偽装彼氏を貫き通すか?)
(誰か教えてくれ!)
***
【美月side】
保健室を出ると、
廊下で頭を抱えた春に遭遇した。
何事もなかったようにすくっと立ち上がった春は、
私の手を引いて歩き出す。
(手……自然に繋いできたりして……。
女の子慣れしてるよね、春って)
そう思っていると、春の手に
ぎゅっと力が込もる。
ちょっと痛いくらいだ。
焦ったように力を緩めるも、
春は手を離さない。
心なしか、春の耳が赤い気がした。
そのまま特に会話もなく教室にやってくると、
昼休み終了の鐘が鳴る。
春と別れて席に座ったとき、
ヒソヒソと声が聞こえてきた。
(偽装彼女をするときから覚悟はしてたけど、
うっとうしいな)
それでも聞こえないふりをしていると──。
春の声が聞こえて振り向くと、
茶目っ気たっぷりにウィンクをしているのが見えた。
たぶん、噂していた女の子たちに向けて。
春にそう言われた女の子は、
赤面して俯く。
(もしかして……。
噂話してるあの子たちの気を引いてくれた?)
春を見ると、目が合う。
その瞬間、ふいっと視線を逸らされた。
(なにあれ……)
春の反応に、なぜかモヤモヤする。
おかげさまで、
授業にも集中できなかった。
***
──放課後。
私は更衣室で、
なんとか乾いた制服に着替えると
自分の席に戻ってくる。
帰り支度をしていたら、
私の机にドンッと春が鞄を置いた。
それにぎょっとしていると、
春がじっと見つめてくる。
(な、なに?)
(目を逸らされたり、
一緒に帰ろうって誘われたり……。
春がなにを考えてるのか、わからない)
だけど、私は偽装彼女を引き受けた。
(その責任は果たさなきゃ)
どこか自分に言い聞かせるように、頷く。
こうして、一緒に帰ることになったのだが……。