皆神高校は制服自由校だけど、体育の授業用には指定のジャージがあった。
けれど野田君は半袖半ズボンの体操服で、『野田 3‐2』と書かれたゼッケンまでついている。
野田君は中学生時代のこの体操服がお気に入りらしく、日常的にこの姿で登校してきていた。外見にこだわりがないにしても、限度ってものがあるよね……。
野田君はあっけらかんと答えたけど、この体操服姿なら、下手すると小学生でも通用しそうだ。今でも赤白帽渡したら嬉々としてウルトラマンごっことかやりそうだしな……うん、絶対するよこの子。
ものもらいが治って眼帯の取れた右目を見て、そんなことを言ってくる野田君。
相変わらず話が通じない。
げんなりしていたところ、ふと妙な気配を感じて、私は周囲を見回した。
スポーツに熱中する生徒、応援に励む生徒、おしゃべりに興じる生徒……いたって普通の球技大会の光景だ。
ざわざわと緑が風に激しく揺れている以外は、特に異変は見られないけど……。
ただの気のせいかもしれないけど……ずっと、誰かに見られているような、そんな感じ。
高嶋君の言葉に、ぎょっとした。
不審者!? うそ、気持ち悪い……。
と、次の瞬間。野田君がはっとしたように目を瞠って、いきなりダッシュし始めた。
な、なにごと!?
高嶋君が後を追い、私も思わずついていく。
かなり離れた場所にあった生け垣をかき分けていた野田君は、私たちが追い付くと、「逃げられた」と顔をしかめてみせた。
怪しい光……? って、もしかしてカメラのフラッシュとか?
本当に不審者が潜り込んでるの?
野田君が難しい顔で腕を組む。
また出たよ『組織』……ツッコみたいけどツッコんだら負けだ。
野田君は「仕方ない……あれをやるか」と呟くと、足を大きく開いて腰を落とし、両手で作ったピースを額の前で横にした。そして、叫ぶ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!