シスターが俺を呼び止める
俺がイラついた声で返せば顔を赤くして説教を始めた。うぜえな、いい加減にしろよ
傷付いた顔をしたシスターは後退って口をつぐむ。すると奥から足音が聞こえてきた
さっきまで焦った顔だったのが急に不安な顔つきになる。二郎はそんな三郎を見て俺を睨んだ
三郎が俺に敬語を使い始めたのはいつからか。気付いた頃にはもうこうだったから今更指摘もしない
二郎と俺の目が合う。
が、二郎は直ぐに目を逸らして俯いてしまった。怯えた様子に俺は溜息をつく。すると2人はビクッと肩を揺らして奥の部屋へ戻っていってしまった
シスターが俺を睨んだ
アイツらは前の施設での出来事で俺を怖がってる。だったら、関わらない方がアイツらの為だろ。それに、クリスマス会とか言う歳じゃねえし
確かに。あんな言ノ葉党とかいう意味わかんねえ集団が作ったモン、危ねぇに違ぇねえけどさ。あれがなかったらどうやって俺らに身を守れっつうんだ?
そう言って、悲しげなシスターを背に、俺は事務所に向かった
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ガチャ
事務所の扉を開けて中へ入れば、リビングで左馬刻さんが寛いでいる。奥には乱数が居てどうやら仕事をしているらしかった。机の上がごちゃごちゃしている
振り返った左馬刻さんはタバコを咥えていて少し空気が煙たい
布の山から乱数が顔を出した
よく見ると机だけでは飽き足らず、床にも椅子にも至る所に布が散らばっていた
ガチャ
玄関が開いて2人が帰ってくる
お菓子がたっぷり袋4つ分……まあ、仕事中の乱数は有り得ねえ程消費するしな
...まあ、そう、だな……この前パイプで輩ぶっ飛ばしたしな
そう言われて左馬刻さんはタバコを揉み消した。吸うのはやめねえけど、あの2人に言われるとすぐ消すし、目の前では吸わねえんだよな。ああいうとこ尊敬する
確かにここに来る途中、他のチンピラに絡まれた。まあよくある逆恨みの雑魚だったけど
犬かあんたは。なんて言ったら殺されるな
ドクン、と心臓が飛び跳ねた。どうしてあなたが施設の話を?それに手伝いってなんの話しだ
そして思い出した。三郎が俺を誘ったあのクリスマス会。それの手伝いを俺が?しかもどうしてその事を知ってるんだ?もしかして弟達にあったのか?
少しホッとした。
キョトンとしているあなたに何と説明しようか困っていると左馬刻さんがあなたを諭した
するとあなたがバッと俺の方を向く
元々俺があんなことしたからこんなことになってんだ。
控えめにあなたが言う。左馬刻さんがまた叱ってからあなたは口を噤んでしまったが、あなたの言葉は深く俺の心に突き刺さった。一緒に居てあげる、か...
あいつらは俺のことを嫌ってる。でもこれは俺が勝手に思ってることで、本当は寂しい思いさせてるんじゃないのか?
今まではお互い楽だろうからって思って離れてた。でも、俺らは俺ら以外に家族はいない。血の通った本当の家族はもう...俺ら3人しかいない。
今日三郎はどうして俺を誘ったんだ?
二郎はどうして俺から目を逸らしたんだ?
俺が怖かったからか?殴られるかもしれねえって、思ったからか?
でも俺はあいつらに手を上げたことは無い。なら何が怖かったんだ?
……俺に嫌われることが怖かったのか?
三郎は、俺に歩み寄ろうとしてくれたんじゃないか?
一緒に居てあげる。俺は離れてた方があいつらの為だと思った。
俺は左馬刻さんが居ない時を見計らって話し掛けた。左馬刻さんには...何となく言いづらいし
唐突な質問にあなたは驚いて暫く考え込んだ。だが、すぐに向き直って答える
考え込んだ俺に何かを感じとったのかあなたがまた口を開く
口が滑った。こんなこと言うつもりじゃなかったのに
過去に何があったって、多分あなたは知らない。急にこんなこと聞かれても困るだろうな。
あの妹大好きな左馬刻さんだ。生涯で1度もなんてある訳ねえ。…俺は?この先ずっと2人とすれ違って生きていくのか?
そういうとあなたはにっこり笑って手を振ってくれた。
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ガチャ
施設の扉は開けるとベルが鳴る仕組みになってる。玄関の靴箱に自分の靴をしまい、踵を履き潰した自分の上履きを手に取る。すると奥から朝のシスターがやってきた
シスターはポカンとしている
驚いたシスターはあんぐりと口を開けて固まっている。だがすぐにハッとして皆のいる大広間へと連れて行ってくれた。入った瞬間、院の子供達全員の視線が集まる。院の子供は大体が小学生。中学生以上は俺と二郎三郎を入れても7人しか居ない。脚立に立って飾り付けをしていた二郎と目が合う。目を見開いて飾り付けを手にしたまま固まっている。
そしてバランスを崩して脚立から落ちた。幸いそこまでの高さじゃなかったから尻もちを着いただけだ。
差し伸べた手を二郎が拒んだ
奥の部屋からダンボールを抱えた三郎が顔を出した。そして俺を見てまた驚く
三郎が顔を明るくした。…そうか、やっぱ、俺の勘違いだったんだな
何も言い返せない。違う。俺はどうでも良くなんてない。お前らが大事だから俺は…今更こんなことしたって何にもならねえのは分かってんだよ。けど、ここで何もしなかったらそれこそ終わりだ
沈黙、重い空気が流れる
1人の児童が足にくっついて俺を呼んだ。指さした方へ連れていかれるとペットボトルの入ったダンボール。確かに小学生にこれは少しキツイな。
見た所あと3つある。人手不足だからってそんなもんもたせんなよ…絶対無理だって
タッタッタッと走っていく児童を横目に二郎と三郎を見る。なにか話し合ってるようだった
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あれから色々手伝って日も暮れてきた。シスターが晩飯を並べてくれて皆が食べ始める。俺がこうやって食ったのはいつが最後だったかな。…前の孤児院が最後かもしれない
俺の前に座った二郎は顔を背けている
二郎はやっぱり、俺のことが嫌いなのか
変わってねえな。こういう所は
そういった時の二郎の顔がちょっと明るかった気がするのは、俺の勘違いじゃないといいな