ガヤガヤと煩い教室の外、スライド式の扉に手を掛けて深呼吸する。
ガラッ
私が足を踏み入れた瞬間、一瞬だけ喧騒が消えた。けどすぐに喧騒は元に戻っていつも通りの教室になる。
...いつも通りの教室に。
キーンコーンカーンコーン
ガララッ
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キーンコーンカーンコーン
ありがとうございました
クラスメイトの気だるげな挨拶が終わり、ついに昼休みが来た。お兄ちゃんのお弁当を鞄から出して立ち上がろうとしたそのとき
髪を捕まれ上に引き上げられる。苦痛に顔を歪めると佐藤さんが怖い顔をして覗き込んできた
甲高い笑い声が教室に響く。遠巻きにクラスメイトが見ているが、助けてくれる気配は相変わらず皆無だ
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地面に強く叩き付けられた弁当箱は、幸い壊れることは無かったが、中身がぐちゃぐちゃになっている。
お兄ちゃんが『購買なんか言ったら甘いモンしか食わねえだろ』って言って、学校に行くときに毎回持たせてくれる。私が食べやすいように甘く味付けしてくれた卵焼きと、私の好きなそら豆のサラダ。下段に敷き詰められた白ご飯には海苔で熊が描かれていた。
ちょっと形は崩れちゃったけど
私はこの学校でいじめれてる。
最初はあの佐藤さんが好きだった先輩に、私が告白されて断ったのが原因だったみたいだけど、今はそれに加えてお兄ちゃんのことを羨んでるみたいだった。
それで私は中々学校に行かなくなって、事務所に常に居るようになった。
学校に行かない私をお兄ちゃんもお姉ちゃんも責めなかった。いじめられたって言ったらちょっと、...うん、ね、佐藤さん達の命が危ぶまれたんだけど。
まあそこはなんだかんだ説得して...
まあたまにこうやって来てはいじめられてを繰り返して。仕返ししろよって思うけど、まあ正直そんなに気にしてないし。
痛いし悲しいけど仕返しとか報復とかは思ってないし、関わってこなければ私としては全然...なんて言ったらこの前一郎くんに怒られたんだった
ピロン
お兄ちゃんからのLINE。もう、いくら昼休みだからって学校にいる間はダメって言ったのに。
お兄ちゃんには妬まれてることは言ってません。言ったら絶対自分のせいでって言い始めると思ったから。
いじめのことがあってから、放課後はお兄ちゃんが近くのカフェで待機して、お迎えに来てくれる事になった。最初はそんなのいいって言ったんですけど、そのすぐ後、佐藤さん達に外でいじめられて...それを言ったら絶対にお迎えに来るようになっちゃいました。
あっと、そんなこんなで残り5分...急いでできるだけかきこんでクラスに戻らないと。
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ありがとうございました
よし、じゃあ絡まれない内に早く行来ましょう
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カフェに着いたタイミングでスマホが鳴った。お兄ちゃんが珍しい...
その間に何か頼もうかな
キャラメルマキアートのホットとマカロンを頼みました。学校でちゃんと食べたし、このくらいなら許してくれるでしょう???
そうして注文したドリンクを待っていたそのとき
聞き馴染みのあるその声に振り返れば、佐藤さんが立っていた
こんな場所で髪をつかみあげる訳にも行かなくて、代わりに手首をかなり強く掴まれ、店の外へ引きずり出されていった。そして連れて行かれた場所は、店の向かいの路地裏
バチッ
ガスッ
ガスッ ガスッ
何度も何度も佐藤さんの足が私の頭を蹴る。それを腕で隠すようにして守れば、それでも腕を蹴ってきて、どんどん紫色のアザができていった
すると突然聞いたことの無い男の人の声がして、蹴りが止まる
ヤらせろ、って
佐藤さんがそう言った直後、その男の人が私の髪を掴んで無理やり上体を起こさせる。抵抗も虚しく私はいとも簡単に担ぎあげられて複数の男の人の中に放り込まれた。
佐藤さんの声がさっきまで居た方向から聞こえて、足跡が消えていく。残された私は周りの男の人達に次々と触られて、服が剥ぎ取られて行った。
代わる代わる回され、全身を値踏みするようにねっとりとした視線が寄越される
バチィッ
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ガスッ ドサッ
ゴスッ
バチッ
ドサッ
ガバッ
ガスッ ガスッ
必死にしがみついた私を引き剥がそうと何度も何度も父親は私を殴った。けど、何を思ったのか、ふと何かを思いつくと殴るのをやめて私の頭に優しく手を置く。
ふらつく足で必死にしがみつく私に父親の顔は見えない
これから何が行われるのか、年端もいかない私は何も知らなかった。けど、憔悴しきった母は私を助ける事は出来ず、お兄ちゃんも、動けない2人を守りながら私を助けるのは不可能だった
そう言うとお兄ちゃんは2人を担いで家を出た。
そう叫ぶ母の願いも虚しく、扉は閉ざされ、その声は段々と遠のいていった
かってないほどに優しい手。その手で寝室に連れ込まれると柔らかい布団に乗せられて、寝転がされる。久しぶりに寝転んだベッドは異様な冷たさで、身動きが取りづらいように感じた
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気付けば私はコンクリートの壁に寄りかかっていた。お兄ちゃんが肩を揺らして私の名前を呼んでいる。
これは夢じゃないようだった。
ぎゅう、と音がなりそうな程に強く私を抱き締めるお兄ちゃん。状況についていけないまま辺りを見渡すと、さっきの男の人達全員が泡を吹いて倒れているのを見つけた。
まるで小さい子をあやすかのように言葉をかけるお兄ちゃんの顔は酷く焦っていて、私と同じ事を思い出したのかな、なんて思う
裾を小さく掴んで震える声で懇願すれば、お兄ちゃんはジャケットを私に被せて車へと運んでくれた。
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ガチャ
晩御飯の準備をしていたであろうお姉ちゃんは薄いピンク色のエプロンをして私たちに微笑んだ。けど私の姿を確認するや否や絶望した顔に変わり、私を強く抱き締めた。
私よりも気が動転してるお姉ちゃんは支離滅裂にお兄ちゃんに状況説明を求める。
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腕とお腹にできたあざ以外には外傷はなし。脱がされた服はその場に置いてきちゃったからしょうがない。でも、学校の鞄をカフェに残してきたのはまずかったかもしれない
お姉ちゃんは手当の間から終始こんな感じだ。
涙でぐずぐずのお姉ちゃんの背中をお兄ちゃんが優しく撫でる。けどお兄ちゃんも苦しそうな顔して何かを堪えてるようだった
私が大変なことになったせいでただでさえ心配してるのに、それに加えてこんなことを言っちゃったらどれだけ悲しませるだろうかと俯いた
お兄ちゃんは歯を食いしばって俯いた
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ズシャッ
バキッ
ドサッ
ガンッ
バキッ
ガスッ ゴスッ
ダッ
タッタッタッタッ