第6話

左馬刻
417
2021/11/23 07:36
あなた
うっ…ぐす……ひっく、…お兄ちゃん…おねえちゃ、…ひっ……
どこかから、あなたのすすり泣きが聞こえる
あなた
お兄ちゃっ、ひ、お母さん…がぁ……お母さん…ううっ…ぐす、
どうした?母さんに何があった?どうして泣いてるんだ?
あなた
ま、まっか…お母さん、赤く、…おと、さん……いっしょ、に…
親父…?また親父に殴られたのか?まっか、って、血出てんのか?
あなた
たすけ、て、…お兄ちゃ…ん…
あなた…っ!
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手を伸ばした先にあなたはいなかった。代わりに差し伸べた右手は虚空を掴み、全身には嫌な汗が吹き出していた
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
っ、……
息を飲む
夢だと分かっていても、そこから覚めても、焦燥感に似た感覚は晴れない
とんだ悪夢だ
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
(嫌な夢見ちまったな…)
そろそろと腕をベッドに下ろせば次は脱力感が身体を襲い、二度寝はできそうになかった
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
チッ… (一服すっか…)
汗で濡れたスウェットを上だけ脱ぎ捨て、ベランダへ向かう
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
…はあ……
煙を深く吸い込み、ため息と共に外へ吐き出す
あの悪夢を、自分はこれからあと何度見るだろうか
そして何度うなされ、何度その度に酷く焦らなければならないのだろうか
焦る?何に?分からない、が、何かに焦っていることは事実だ
妹を失いかけた恐怖か、今も尚危険に晒してしまっている罪悪感か
早く2人を安全に、幸せにしてやらなければならないという使命感か
もうあの男はこの世には居ない。母親も
あの父親さえ居なければ母を失わずに済んだのにと何度思ったかは分からないが、今となってはその憤りすら失せている
もう母を休ませるべきだろうと
ならば自分らは奴を忘れ去らなければならない
憤ることも悔いることも虚しいだけなのは今までで知っている
ただ、自分の記憶が、思いが、そうさせてはくれない
自分が裏社会に足を踏み入れてからどれだけ経ったか覚えちゃいない
最初はただひたすらに稼ぐことしか考えていなかった
働いて、稼いで、生きて、2人に腹一杯食わせてやる
せめてあなたが自立するまでは
2人がいつか伴侶を得て、家庭を持って幸せになるまでは自分があいつらを養ってやらなくては
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
(こんな奴に養われても嬉しかねえよなぁ…)
血に汚れた手、洗えない足、汚れた金であいつらを養っている事実に反吐が出るが、そんなこと言ってられない
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
(あいつらが幸せになれりゃそれで…)
そう思い、煙をもう一度吐いたとき
ガチャ
碧棺合歓
碧棺合歓
ちょっとお兄ちゃん!なんて格好してるの!風邪引くから早く中入って!
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
合歓
左馬刻の格好を見るなり目を剥いた合歓は、すぐさま左馬刻を引き入れ、シャツを投げ渡した
碧棺合歓
碧棺合歓
もうっ!今何時だと思ってるの!いくら今が夏でも朝は冷えるでしょ。タバコ吸うなら換気扇つけてキッチンで吸えばいいじゃない。まったく…
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
いいじゃねえか別に。それにお前ら起こしたら悪いと思ってっからわざわざ出てんだろ
碧棺合歓
碧棺合歓
お兄ちゃんが風邪引いたらお世話するの誰だと思ってるの?
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
へーへー
適当な返事を返しながらシャツに首を通す
その間に合歓がパンを焼いてくれたようなので、自分は2人分のコーヒーを注いだ
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
あなたは起きてねえのか
碧棺合歓
碧棺合歓
まだ寝てる。夜中はうなされてるみたいだったけど、さっき起きたら気持ちよさそうに寝てたよ
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
そうか
あなたも昔の夢を見たのか
両親が死んだのはあなたがまだ10とかそこらだったはずだ
まだ幼い内にあんなもん見ちまったらうなされんのも当たり前だわな
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
…あれから5年か
碧棺合歓
碧棺合歓
…もうそろそろお墓参り行かなきゃね
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
(道理でな…)
あと2週間もすれば母さんの命日だ。この頃には必ずうなされる
ガチャ
あなた
ふぁ…おはよ…
目を擦りながら寝巻き姿のあなたが出てくる
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
はよ、
碧棺合歓
碧棺合歓
おはよう、パン焼けてるよ。バター?ジャム?
あなた
じゃむぅ…
まだ目をしょぼしょぼさせて席に着いたあなたの髪をブラシでとく
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
寝癖すげえぞ。パジャマも着替えてから出てこいよ
あなた
だって、起きたらお姉ちゃんいなかったんだもん…
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
ガキか
あなたにはこういう所がある。もう16だってのにガキっぽい
落ち着いてる方なのは間違いないが、未だに合歓と一緒じゃねえと寝れねえとか
夜に一人でトイレ行けねえとか、俺がドライヤーで髪乾かしてやんねえといけねえとか
やけに小せえ背丈も、痩せっぽい体型も全部あのクソ親父のせいだ
センセイに聞いたら、幼少期の栄養不足が原因だと
それにストレスも関係して、幼い頃にやってたことが癖になってるらしい
偏食もそれだ
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
(いつか全部自分でできるようになれるのか)
少し心配ではある
あなた
むぐ…お姉ちゃんお水取って
碧棺合歓
碧棺合歓
はい、どうぞ
あなた
ありがと
とき終わった髪の毛を手で弄びながら合歓の方を見る
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
お前新しい服欲しいっつってたよな、今日買いに行くか?
碧棺合歓
碧棺合歓
え、いいの?
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
おう、あなたも居るだろ。俺が買ってやる
あなた
やったー!
まあでも…こいつらが笑って過ごせるんなら、俺はいくらでも身を削るつもりだ
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
おら食い終わったなら着替えてこい
あなた
はーい