優香ちゃんが校長先生の前まできた。
校長先生から、卒業証書を受け取る。
その後深くお辞儀する。
先生が次の子の名前を呼ぶ。
それの繰り返しが行われている。
音楽は、すでに2曲目の“キセキ”になっていた。
またもオルゴール風だけど、どこか懐かしい。
4年のとき、みんなで歌ったんだった。
最後の「君を愛してる」という歌詞が恥ずかしくて、いつも口パクだったのを思い出した。
しっかり歌えばよかったのにな。
そんな呟きでふと我に返る。
さっき、空がいきなり暗くなった。
それには誰も気づかないようだったけど。
窓を見ると、寒々しく雨が降っていた。
まだ降り始めで強くはない。
けれど、どこか泣いているような寂しさを感じさせて、辛くなる。
それでも式は続き、いよいよD組になった。
あなたはぎりぎりまで、音楽でほとんど聞こえない雨の音に耳をすませていた。
登坂くんが歩き出したのと同時を狙って、あなたは立ち上がった。
曲がり角はロボットのようにくるりと方向転換することを心がけ、
まっすぐ前を見ながら真ん中の通りを進む。
もちろん袴の裾を踏まないよう気を配る。
そしてステージの手前に立って待った。
この間までは頭がこんがらがったりもしたけど、こんなこと平気になった。
それだけ練習をしてきた、あなたもみんなも。
いつも無口な香那ちゃんが返事をする。
歩きながら、一瞬だけステージの上の香那ちゃんを見上げる。
そこには両手でしっかり卒業証書を受け取る香那ちゃんがいた。
後ろ姿だったけど、すごく誇らしそうで、いつもより大人びて見えた。
あのステージで卒業証書を受け取れば、あなたも何か変わるのだろうか。
あなたの前の子だった。
あなたはステージに続く小さな階段を上る。
そして黄色いテープに足をのせ、姿勢を正す。
ステージからは、体育館全体が見渡せた。
大勢の人が座っている。
お母さんもいた。
担任の先生もいた。
元担任の先生も、お世話になった保健の先生もいた。
みんな泣いていた。
もらい泣きしちゃうじゃん。
ライトが眩しくて細めたあなたの目は、少し余分に潤っていた。
もうすぐ呼ばれる。
もうすぐ…………
窓が一瞬だけ黄色で埋め尽くされた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。