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第92話

晴れ予報(行秋)
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2024/02/04 08:05
悲しいことがあった時
悔しいことがあった時

どうしようもない気持ちでいっぱいになって
心が雨模様になってしまった時

あなたはいつも、本を読む。

ページをめくる音とともに世界が広がる。
本を読んでいる時間は、まるでパラレルワールドを旅行しているようだと、あなたはいつも思う。

少しばかり現実から自分の気持ちを切り離す作業。
そうして一冊読み終わると、不思議と気持ちは軽くなる。

だから今日も、本棚に手を伸ばす。
忙しく仕事をする毎日の中で、買ったはいいけれど手をつけられていない本がたくさんあるのは幸か不幸か。
あなた

今日は……これにしよ。

選んだ一冊を、大切に棚から取り出して定位置に座る。
今日は冷える。ひざ掛けをなおしてページをめくる。
どのくらい経っただろうか。

時間なんて忘れて没頭していたあなたが
お茶でもいれようかと顔を上げた時、
隣の気配にやっと気がついた。
行秋
あ。ごめん、驚かせたかな。
あなた

行秋……!いつからいたの?
ごめん、全然気づかなかったや。

読んでいた本を置いて、行秋がおかしそうに笑う。
行秋
いつものことだろう。
あなた

行秋もお茶のむ?

こうやって本に没頭している時間、あなたは大抵誰とも話したくない気持ちになる。

でも行秋はちがう。
彼はあなたの時間を決して邪魔しないし、
行秋と話している時間は素直に好きだ。

だから行秋だけは、書斎に出入りすることを許していた。
それに彼はいつも新しい本を差し入れてくれるし。

いただこうかな、という返事に短く頷いて立ち上がる。
行秋
ありがとう、聞いてよあなた、この間読んだ小説がとても良かったんだ。
お茶を受け取りながら行秋が声を弾ませる。
あなたも自然と頬を緩めて頷く。
あなた

どんなの?

行秋
話したいけど、君に読んで欲しいな。
あなたの分も買って持ってきたから、読み終わったら感想を聞かせてよ。
それで……。
そこまで言って、行秋はなにかに気がついたように口を噤んだ。
あなた

少しの沈黙の後、行秋は先ほどよりも優しい表情であなたの顔を覗き込む。
行秋
あなた、何かあった?
あなた

……なにも?

あなたが目をそらすと、行秋はより一層優しく笑った。
行秋
……そうか。少し疲れているように見えたから。
僕の思い違いだったのなら謝るよ。
行秋は本当に人の気持ちによく気がつく人だ。
たまに全てを見透かされているような気になる。

でも、あなたは行秋に愚痴をこぼすことはなかった。
言いたくないのではなくて、ただ彼とたわいも無い話をして、彼の優しさに触れているだけで
嫌な気持ちなんてすっかり忘れてしまうから。ほんとうに。
あなた

ううん、気遣いありがとう。

行秋
もし僕の力が必要な時があるなら、遠慮なく言ってくれよ?
君は努力家で、そういうところを僕は尊敬しているけれど……心配なんだ。
あなた

ありがとう、もちろんその時は相談するよ。

気持ちが晴れて自然と柔らかく笑うことができた。
その表情に、行秋もそれ以上は何も言わずに微笑み返してくれた。

そうしてお茶を一口飲んで、あなたはまた本に手を伸ばす。
あなた

これすごく面白いよ。次貸そうか?

行秋
あなたのおすすめなら間違いないね。ぜひ読ませてもらいたいよ。
どんな毎日だったとしても、
本があって君がいれば晴れ予報。

この時間が、本当に好き。

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