第84話

雨の日の憂鬱(放浪者)※1話完結
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2023/04/08 22:49
ついてない。
……今日は本当に、ついてない。
こんな日に外出するんじゃなかった。
あなた

……っ

仕事に必要な道具が壊れてしまった。
今日に限って大事な注文が入っている。
……だから隣町まで歩いて買いに行ったのに、いつもの店では売り切れだった。
そこから商人を3人当たって、やっと手に入れたと思ったら……帰り道は土砂降り。
どうして?今朝はあんなに晴れていたのに。

そして今、あなたは魔物に囲まれている。
雨で脆くなった道が崩れて、落ちた先が魔物の住処だった。

本当に、とことんついていない日だ。
生きて帰れたなら、いい話題にはなりそうだけど。
あなた

(逃げなきゃ……なのに……足が動かない。)

震えもあったが、落ちた時に怪我をしてしまった。
戦闘の経験なんてない。逃げられない。
……じゃあ、どうしたらいい?

絶体絶命の状況に涙が滲む。
魔物たちは、突然縄張りに入ってきた人間に対して敵意を剥き出しに襲いかかってくる。
あなた

……いっ……た……やめて!ごめんなさい、違う!私!あなた達を邪魔する気なんて!

魔物相手に言葉は通じない。
容赦なく降り掛かる攻撃を、頭を守りながら受けるしか無かった。

あなたの体が吹き飛ばされて岩にぶつかる。
意識が飛びそうになりながら地面に転がると、目の端に人影が見えた。
あなた

た、すけて……助けてください!

必死に呼びかける。これが最後の望みかもしれない。
放浪者
……。
その少年はあなたの方をチラッと見たが、
そのまま前を向いて歩き出してしまう。

……ああ、終わった。
最後まで本当についてない日だった。
こういう日に人は最期を迎えるものなのかもしれないな……そんなことを考えて、諦めたように目を閉じる。
放浪者
チッ……はぁ。
しかし、一度はあなたを見捨てた少年の足音がまた近づいてきた。
あなたは霞む視界で彼の姿を捉える。
放浪者
……そんな目で、僕を見ないでくれる?
少年はあなたを背後に隠すように立つと、振り返らずに言った。
放浪者
それじゃまるで、僕が君を殺そうとしたみたいじゃないか。
その言葉が終わると同時に、彼は軽い足取りで踏み込むと風元素の力で戦い始めた。
あなた

(つ、強……っ)

魔物と少年の戦力差は圧倒的なもので、
あなたの命を脅かしていた魔物たちは、一瞬にして跡形もなく消えてしまった。

少年は全く息を乱す様子もなく、変わらない表情で振り返る。

冷たく……でも完全に冷酷とも言いきれないその独特な雰囲気に、あなたは息を呑んだ。
放浪者
……たかが魔物に殺される程度なんだったら、こんな場所に来るべきじゃないよ。
あなた

……。仰る通りで。
ありがとう、ございます……。

言い訳をするような体力も残っていなかった。
立ち上がろうとすると身体に激痛が走って、目眩がする。

少年はまたため息をついて、あなたに近づいた。
放浪者
じっとしてな。
言葉はぶっきらぼうだし、態度も冷たいけれど……彼の手当は丁寧だった。

痛みが強い場所にはなるべく触れずに、黙々と止血や消毒を進めてくれる彼の手は、その言葉とは反対に温かかった。
放浪者
……頭は打っていないね?
あなた

た、ぶん……衝撃は……背中で受けたので。

放浪者
今日は君の家まで運んであげるけど、
念の為後で医者に行った方がいいよ。
最初はそのまま立ち去ろうとしたのに、
彼の言動はあなたが思ったよりもずっと優しかった。

今日はついてない。
……ついてないけれど、死ぬ程悪い日というわけでもないみたいだ。

いつの間にか、雨は止んでいた。
放浪者
……場所は?
あなた

場所……?

放浪者
君の家の場所だよ。
あなた

あ、そう……ですよね。

慌てて住所を伝えると、放浪者はあなたを抱えて立ち上がると短く言った。
放浪者
捕まってな。落ちても今度は助けないよ。
あなた

え……?落ち……?

あなたがその言葉を理解するより先に、放浪者が地面を蹴るとそのまま飛び上がる。
あなた

え、ええ……っ?!

あなたは突然のことに混乱しながら、目をギュッと瞑って放浪者にしがみつく。
放浪者
……捕まってとは言ったけど、そんなにしがみつかれると動きづらいんだけど?
あなた

む、無茶を言わないでください……っ

放浪者
……はぁ。
下を見るんじゃないよ。
風圧を感じながら、必死に彼に捕まっていると、
2人は驚くほどすぐに家の前に到着した。

放浪者はあなたをその場に降ろすと、すぐに背を向けた。
あなた

待って、今度ちゃんとお礼をさせてください!

放浪者
……要らないよ。
今日は僕の気まぐれだからね。
あなた

そんな訳にはいかないです、お時間がないのでしたらせめてモラを払わせてください……!

放浪者
怪我をしてるんだから、あんまり大きい声を出すんじゃないよ。
あなたの言葉をスルーして、放浪者はそのまま歩き出す。
追いかけたかったけれど、怪我をした足で追いつけるはずも無く……あなたは諦めてその場で頭を下げた。
あなた

では……もしまた気が向いたら私のところに来てください!待ってますから!

放浪者
……。
無視して立ち去ろうとした放浪者だったが、いつまでも彼女の視線を感じるのでため息をついて振り返る。
放浪者
……気が向いたらね。
気が済んだならさっさと休みな。
そう言ったきり、彼はもう振り向くことはなかった。
あなた

行っちゃった……。

少年の不器用な優しさを、胸に焼き付けるように目を閉じる。

もう体力も限界だ。……この怪我なら、どの道暫く仕事は無理だろう。
大事な案件も断るしかないか。
あなたは安堵と疲れを感じながら、大きなため息をついた。

けど、悪いことだけでもなかった。
……また、会えるといいな。

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