第87話

初夏の風に乗せて(楓原万葉)
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2023/05/05 03:15
風の音色に耳を傾けて、太陽の光に手を伸ばす。
視線の先で、こちらに気がついたあなたが手を振っている。

ああ、あなたが遠くなる。
楓原万葉
拙者に気がついていたのであれば、声をかけてくれればいいものを。
咎めるような口調で、柔らかく笑う。
そんな万葉のことが堪らなく好きだ。
あなた

……まだ、見ていたいと思ったから。

楓原万葉
呟いた声は、一際大きな風の音に掻き消される。
彼の耳に届かなくてよかった。
あなた

おかえりって言ったの。万葉。

楓原万葉
……?

ただいま。あなた。
万葉の手があなたの頬に触れる。
冒険を重ねる度に、大きく力強くなっていく彼の手が少しだけ寂しい。

変わっていく。時は流れていく。
いつか彼が帰って来なくなるんじゃないかと、思わずにはいられない。
楓原万葉
……拙者に、何か言いたいことがあるのではないか?
あなた

どうして?

涙を隠して笑ったあなたの目を、万葉が覗き込む。

……やめて。そんな目で見ないで。
そんなに優しい顔をされたら、隠しきれなくなってしまう。
あなた

だい、じょうぶ。何でもないよ。

楓原万葉
……拙者が変わったと、そう思うか?
胸の奥をきゅっと掴まれたような感覚。

どうしてわかるの?
なんで、彼はいつもわかってしまうんだろう。
あなた

分からない。

楓原万葉
心配せずともよいでござるよ。

時の流れは何人にも止められぬが、
拙者は必ず、変わらずお主の元へ帰ってくる。
万葉の顔が近づいて、目を閉じる。
優しい口付けに、憂いが溶かされていく。

……本当にもう、狡いんだから。
あなた

……うん。分かってる。

初めて会った時の万葉は、
目を離したら消えてしまいそうな儚さを纏って笑っていた。

今、恋人として目の前に立つ万葉は、
前より少しだけ頼もしく、まっすぐにこちらを見据えて笑う。

人は変わるものだから、
永遠の約束などあるはずはない。けれど……。
あなた

今回の旅はどうだった?

楓原万葉
うむ。甘味でも食べながらゆっくり話すとしよう。
初夏の風が吹き抜けた。
……変わり続ける変わらぬ日々が、どうかこれからも続きますように。

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