第3話

人生初の面談
988
2021/12/28 05:24
 暫く高専内を歩いた二人は、数ある建造物の中にある一つの建物の前で止まった。
 五条は涅色の重々しい扉を開けると、入って入って、と葛城を促す。

「これから何をするのですか?」
「入れば分かるよ」

 言われた通りに葛城が扉を潜って辺りを見回すと、建物内の奥にある畳に蹲った、熊のような影が目に留まった。その影が人であると認識した葛城は、折り目正しく足を揃えて立つ。
 五条が中へ入ると同時に扉を閉めると部屋がより暗くなり、その人影は口を開いた。

「悟、六分遅刻だ。いい加減時間通りに来るよう心掛けろ」
「ちょっと世間話してて遅れちゃったんですよ。怒るほどでもないじゃないですか」

 全く…、と溜息をつきながら立ち上がったのは丸刈りのサングラスをかけた男だった。この人は夜蛾学長だよ、と五条が葛城に耳打ちする。
 夜蛾は足元にある人形の山から立ち上がると、元教え子の隣に立っている小柄な少女を見据えた。

「君が?」
「はい。葛城家より参りました、葛城あなたです。これからよろしくお願い」
「何しに呪術高専へ来た」
「………と申しますと?」
「君が此処へ来た理由を、私は聞いている」

 その質問に葛城は、ふむ、と顎に手を当て思考を巡らす。これは恐らく俗に言う面談、教師が一方的に生徒へ質疑応答を行い、生徒は教師の意中の答えを言ってお互いに対話をするもの。家の方針で小中学校に行く事がなかった葛城にとっては初めての出来事だった。

 先述した通り、葛城の目的は『十種影法術』を所有する伏黒恵を引き入れる事、それ以上でもそれ以下でもない。五条家の無下限呪術と匹敵する程の術式、その価値は御三家の釣り合いをも揺るがすものだ。
 葛城家の繁栄のために粉骨砕身するのは葛城あなたにとって生まれ持った義務である。強力な術式を持つ者を娶ることも、また義務だ。

 だが、多分これは彼が求めている答えではない。目的というのは建前で、実際は葛城の意志を聞いているのだろう。そんなもの不要の産物でしかないのに、と無意識に思った。

「……私は私の務めを果たしに来ました」
「務めだと?」
「葛城家並びに呪術界の存続のために尽力する、それが私の義務であり使命。葛城の呪術師たるもの、当然の行いです」

 眉を顰めた夜蛾を見て、五条はあちゃー、と頬を引き攣らせる。今彼女は夜蛾が嫌いな「意志がない」ということを主張したようなものだった。

「…君は呪術師というものが優しい仕事では無いのを分かっているのか?術師は常に死と隣り合わせだ。呪いに殺された人を横目に呪いの肉を割かねばならんこともある。呪術師に悔いのない死などない。君はそんな危険へ他人に言われるがままに身を投じるというのか?」
「他人ではありません。葛城家の命の元に、私の意思で戦うのです。そもそも呪霊や呪詛師は何の罪咎も無い人々を襲う有害な畜生。いくら危険だとしても、奴らは命を賭して葬るべきです」

 この言葉が、この思いが、自分の意志であると葛城は信じて疑わなかった。
 夜蛾と葛城の二人の間に深い沈黙が流れる。空気を読まない事でよく知られている五条でさえも、この重い空気が気まずくて仕方がなかった。
 暫くして夜蛾はサングラスを外して眉間を揉むと、元の位置に戻して口を開く。

「……入学は許可しよう」
「ありがとうございます」

 さもそう認められるのが当たり前のことのように、葛城はその言葉を受け止める。微塵も感情を浮かばせない少女の表情に、夜蛾は何処か無意識に警戒していた。彼女の言葉や態度は、それほどまでに冷酷だったのだ。
 夜蛾に高専の規則やセキュリティについて説明しておくように、と言われた五条は、若干面倒臭そうにしつつも返事をして、夜蛾の足元の人形を見つめる葛城に声をかける。だが葛城は心ここに在らずという様子で、返ってきたのは気の抜けた生返事だった。

「…どうしたの?」
「……いえ、なんでもありません」
「学長の呪骸見てたよね?あれ?もしかして可愛いとか思ってる?」
「思ってません」
「…一つ、いるか?」
「いりません!」

 先程まで氷雪のように冷たかった表情が、みるみる林檎のように赤くなる。夜蛾と五条が唐突に垣間見た年相応な少女の姿に驚いていると、葛城は踵を返して建物から出て行った。
 だがその後ろ姿はいじらしい少女そのもので、余りに打って変わった様子に夜蛾と五条は顔を見合わせる。

「…その…なんだ、あの子には呪術以外のことも教えてやれ」

 五条は口元に苦しい微笑を浮かべると、了解しました、と言って自分も建物内から出て行った。





おまけ




「本当はあの人形欲しかったんじゃないの〜??大丈夫だよ!学長は優しいから一個どころか二個も三個もくれるはずだよ!」

「そのような戯言はやめてください五条特級術師。私は呪骸を愛玩具のように扱う趣味はありません」

「でも欲しかったんでしょ?照れるなよ〜」

「必要ありません」

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