第9話

恐怖は君から
私を救った彼の言葉はいつも苦しげだった。後悔を捨てきれない歯切れの悪さが、よりいっそう私を悲しくさせた。


その苦しさが少しでも薄れて欲しくて、だから、身をつらぬく痛みにも耐えてこれた。
なによりも、彼が大切で、愛おしいから。
彼が傷つく理由を持っていちゃいけないから。
私は手を伸ばせば届きそうなシアワセ泡になることに目を逸らした。
なんでもないと言って、だいじょうぶと笑って、自分の気持ちは誤魔化してきた。違うシアワセを見つけようとした。
柊花わたし此処ここに引き止めたことは自分のエゴだったんじゃないか。」



そんなふうに涼を悩ませる自分が許せなくて。
涼(りょう)
涼(りょう)
柊花、君は、ぜんぜん『だいじょうぶ』なんかじゃないんだろ
柊花(しゅうか)
柊花(しゅうか)
··········うん、そう。そうだよ。手のひらとか、口を開くときとか、呼吸をするのも、苦しいよ
涼(りょう)
涼(りょう)
なんでもっと早く_______________
柊花(しゅうか)
柊花(しゅうか)
涼は自分のとった行動に泣いていたんだよ。ごめんな、ってなんども。尚更言えるわけないじゃない
私は隠すことなくさらけ出す。
言えるはずがなかった。言っていいわけがなかった。
決定的な傷を、私が彼に付けることになるから。
ずっと楽になりたかった。

自分の罪を自分で背負いたかった。

ちゃんと蹴りをつけたかった。

その願いの全ては、私が泡になれば解決出来てしまう。
もしも私が死んで、それでも彼が生きたなら。
涼は辛くて悲しいことだけを、忘れられないまま進むことになってしまう。ひとりで十字架を背負わせてしまう。



そんな過ちだけは犯しちゃいけないんだと。
きっとこの短い沈黙の間、彼は私の考えを察したのだろう。
涼(りょう)
涼(りょう)
柊花、
波に飲まれそうなほどか細い声が、かすかに鼓膜を震わす。
涼(りょう)
涼(りょう)
柊花、君はひとつ勘違いしている。
柊花(しゅうか)
柊花(しゅうか)
何を··········?
涼(りょう)
涼(りょう)
君が笑っていてくれるなら、俺はもう泣く必要なんてないんだ
涼(りょう)
涼(りょう)
だから幸福と俺とを天秤てんびんにかけているのなら、迷うことなく俺を捨てるべきだ。··········そうじゃないな。
捨てて欲しい
柊花(しゅうか)
柊花(しゅうか)
やめてよ、なんでっ··········
涼(りょう)
涼(りょう)
同情なら、いらない。そんなことを思う柊花は、柊花じゃない
涼の瞳からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。呆然とそれを見つめる私が、その雫の虚像となる。
ああ、もうすぐ私も彼を自由にさせてあげないといけない。漠然とそんなことが頭をよぎった。
本当は私の方が、彼に執着していた。
里奈(りな)
里奈(りな)
(いつまで、涼の善意に漬け込むつもり)
もしかしたら里奈はそれを見抜いていたのかもしれない。私が生きる価値や生きてていい理由の答えを彼に求めすぎていたことを。
柊花(しゅうか)
柊花(しゅうか)
涼、あのね··········
柊花(しゅうか)
柊花(しゅうか)
私、もう大丈夫だった
涼(りょう)
涼(りょう)
柊花··········
彼は私を呼ぶ。
わかっているよ。
本当は彼も「だいじょうぶ」ではないということ。
でもそれ以上にわかっていたことは、
それが、さっき私に告げたその言葉が、彼の精一杯の愛情であり、考え抜いてはざまで苦しみ続けた彼の、心からの答えであるということ。
だから、私も言ってあげなくちゃ、ダメだね。
柊花(しゅうか)
柊花(しゅうか)
大丈夫
今まで甘えてしまって、ごめんなさい。