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第1話

のろわれた運命
 薄れく意識の中で彼女はいったい、
何を祈ったんだろう。
誰を想ったんだろう。
いつか、私にもわかるのかな。あなたの気持ちが。






涼(りょう)
涼(りょう)
柊花、何をしてるの
 私が座るソファの後ろから、そっと顔を出した。
その両手にあるマグカップからは、白いけむりが立ち上りゆらりと揺れている。
柊花(しゅうか)
柊花(しゅうか)
人魚姫を読んでいたの
涼(りょう)
涼(りょう)
そっか·····
涼はいっしゅん顔を強ばらせたあと、少し切なげに眉を下げた。そして、弱々しく笑う。
涼(りょう)
涼(りょう)
こわい?
柊花(しゅうか)
柊花(しゅうか)
ううん、ぜんぜん
絵本をめくる指先に、そっと涼の指が絡んだ。
涼(りょう)
涼(りょう)
それ以上、読まないでほしい
まだ、人魚姫が王子様をはじめて見かけた場面なのに。
彼はソファーに腰掛けると、そっと私の襟元に顔をうずめた。
静かな空間。
緊張感、とも言いきれない重苦しい雰囲気がふたりを包み込んでいる。
柊花(しゅうか)
柊花(しゅうか)
だいじょうぶ、心配しないで
この物語人魚姫は決して作り話ではない。

人魚姫は海の魔女と、ある契約を結んでいた。
 人魚の証であるヒレを捨てて、人間の足を貰う。その代わりに、人魚姫は美しい声を差し出す。
それだけではなかった。
もしも恋が実らなかったら、泡となり消えてしまうということ。
人魚姫は、そこまでの代償を背負いながら王子様に近づいたのに、結局結ばれることは無くて。


彼の胸をナイフで刺せば、彼女はまた、人魚に戻ることが出来た。けれど、それを選ばなかった。だから。
泡となって、天にのぼって行った。
涼(りょう)
涼(りょう)
わかってるよ。でも、
柊花(しゅうか)
柊花(しゅうか)
でも?
涼(りょう)
涼(りょう)
柊花を見ているみたいで、つらいから
そう、その魔法呪いは消えていなかったの。
わずかながらも人魚姫の血を引く私も、それに囚われている。
失恋をしてしまったら_______________
私も泡となって、消えてしまう。
一年前、想いを寄せていた先輩に彼女がいることを聞かされた。


だから、私はいちど、死にかけている。
そこを、私の腕を掴んで、引き止めてくれたのは、涼。彼だから。
身を切り裂かれるような痛みが、私のいるべき場所を教えてくれているから。
柊花(しゅうか)
柊花(しゅうか)
だいじょうぶ
私は何度もこの言葉を言うの。
柊花(しゅうか)
柊花(しゅうか)
だいじょうぶ、だよ
 水面に浮かぶカプチーノの気泡が、皮肉にもパチンと弾けた。
涼はそれに気が付かないふりをして、マグカップのふちに口をつけると、すべてを喉の奥に流し込んだ。
彼はそっと私の肩を抱き寄せる。
溺れ合う、深い深い夜。