「すみませんっ、もう少し急げませんか?」
片桐先輩が運転手の人に声をかける。
さっきから窓の外の景色が変わらない。
「うーん…渋滞してるねぇ…
なんでも、工事中みたいで…」
「っ」
そんな…
こんなときに限って!
「病院までなら、ここで降りて走った方が早いかもしれないよ」
「じゃあっ、降ります!!」
私たちは車を降りて走った。
「多分10分くらいで着くと…!」
早く、もっと早くっ…
「はぁ、はあっ…」
お願いっ…
間に合って…!
「はいっ、片桐ですっ」
先輩が前を走りながらスマホを耳にあてる。
「えっ…」
片桐先輩は急に足を止めた。
「片桐先輩…?」
どうしたんですか?
急がなくていいんですか?
「あなたちゃん…」
ゆっくり、先輩が振り返った。
その顔は青ざめて、目の光も失っていた。
ドクン。
嫌な予感。
どうして走らないんですか。
どうしてそんな顔…っ
「侑生が…
今、息を引き取ったって…」
「っ…」
ぐっと首を締められる感覚に襲われる。
お腹のあたりが気持ち悪い。
目の前が真っ暗になって、足の力も抜け、地面に膝をついた。
間に合わなかった…
先輩…っ
ツーと冷たい雫が頬を伝う。
優しい笑顔。
困った顔。
一緒に帰ったこと。
沢山話してくれたこと。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ…!」
子供のように泣きじゃくった。
泣けない、泣いちゃダメ。
私より、ずっとずっと隣にいた、片桐先輩のほうが辛いはずなんだから。
それなのに、止まらないよ…っ
もう先輩に会えない。
もう何も話せない。
話したいことは沢山あったのに。
彼女がいるって聞いて、避けて、遠ざけて、何もしなかった、ぶつかろうともしなかった、私は…
私は…っ
何も出来なかった。
何もしてあげられなかった。
好きも、ありがとうも…
さよならすら言えてない。
こんな形で、終わりを告げられるなんて…
後悔、悲しみ、寂しさ、喪失感。
全部が矢となって胸に刺さる。
痛い、苦しい。
私はこれを、どう乗り越えろって言うの?
一ノ瀬先輩はもういない。
私は今日、好きな人を失った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。