宮殿の通用門らしき場所まで、引きずっていかれた。そこで白い騎士団の軍服を身につけた騎士は、忌ま忌ましげに、放り出すようにフレデリカの手を離した。
勢い、フレデリカは地面に転がったが、騎士は鼻を鳴らして冷たく見おろす。
騎士は、サーベルを鞘ごと腰から引き抜き、近づいてくる。おそらく鞘で打つ気だ。鞘なんかで打たれたら、とても痛いはずだ。痛みを想像するだけで怖い。
声が細く震えた、その時。
騎士の腕を背後から、黒革の手袋をはめた手が摑む。騎士がふり返るのと同時に、フレデリカも騎士の背後に立つ青年の姿を認めた。
不敵な笑みを浮かべているのは、イザーク・シュルツだった。
さすがは不吉の象徴。彼に腕を摑まれた騎士の顔から、血の気が引く。
地獄の番犬に五歩圏内に近寄られるどころか、腕を摑まれたのだ。貴族なら、黒猫が大挙して目の前を横切ったのと同じくらい、嫌な気分になるはずだった。
と言いつつ、イザークは相手の腕を摑んでいない方の手で、騎士の顎をちょんとつついた。騎士はひっと身を縮めて逃げ腰になる。
騎士は半泣きだ。もうすこししたら、泣きながらサーベルを振り回しそうだ。明らかにイザークは、相手の反応を楽しんでいる。しかし騎士が泣き出す前に、彼は手を放してやった。
騎士はきっちり五歩、イザークから飛び退き胸元で清めの印を切る。
サーベルを腰に戻し、騎士は逃げるような早足でその場を後にした。
フレデリカは地面にへたりこんだまま、イザークを見あげていた。
自分の身に起きた変化に衝撃は受けたものの、気弱な心に植え付けられた義務感だけで立ちあがった。なんとかしようと試みた。だが結果はどうだ。砂埃のたつ地面にへたりこんでいる、この有様。
この状況に、フレデリカの気力は尽き果ててしまった。頭は真っ白で、呆然としていた。
イザークはフレデリカの傍らに膝をつく。
あまりにも頭が真っ白で、曖昧に首を振ることでしか応えられなかった。
イザークはフレデリカの二の腕を摑むと、自分が立ちあがるのと同時に、彼女の体を引っ張り上げた。よろめくように立ちあがったフレデリカの腕を摑んだまま、彼は歩き出す。
よろめき歩きながら、かろうじてそれだけ訊けた。彼はふり返りもせず、
と、告げた。家とはどこのことなのだろうかと思ったが、もはや質問する気力はなかった。
歩き出してすぐ、しなやかな体の尻尾の長い黒猫が、フレデリカの足元にまとわりつくようにして一緒に歩いているのに気がついた。
(……黒猫……?)
いつ、どこから現れたのか、わからなかった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。