前の話
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「…終わらない、」
空が夕焼けに染まる中、無人になった教室でぱっとしない少女が、ぱちりぱちりと資料をホッチキスで止めている。
この仕事は、先生に頼まれた。「学級委員だから、頼むよ。」その一言で断ることが出来なくて、資料をホッチキスで止めること早1時間。仕事的には5割も終わっていない。
はやく家に帰って昨日の夜録画したドラマの続きが見たいのに、そう思いながらぱちりとまたひとつ資料を止めた。
「まだ残ってんの?」
「うっわ…ぁ、」
音もなく現れた人に驚いた。驚いた、というより引いた。お前は現世の忍者か、そう内心ツッコミを入れる。そしてちょっと冷静になった頭で質問されていたことを思い出し、コクリと頷いた。
「手伝うよ、これ、止めてけばいいんでしょ。ホッチキスもうひとつない?」
おぉ、現世の忍者、お前優しいじゃないか。
心の中で誰目線か解らないセリフを思いながら、先生から予備に貰ったホッチキスを黙って渡した。渡してから手伝ってくれるのだから、ありがとうくらい言えばよかったかと後悔した。
それを誤魔化すようにまだ手伝ってもらったワケじゃない、もしかしたら「うっそぴょーん!かえるぴょーん」なんて言って帰るかもしれないじゃないか。なんて、誰かに考えを見られてるワケでもないのに言い訳のように御託を並べた。
ぱちり、ぱちり、ぱちり。
目の前に座る彼が、手伝うと言ってから10分は経った。無言の間に資料を止めるホッチキスの音だけがして、気まづさを感じる。
「黒井さんはどこ行きたい?」
「え?」
急に声をかけられて声が裏返った。
「ほら、修学旅行。自由行動はどこ行きたい?」
そう言いながら彼は、まとめた資料をひとつ手に取って見せた。資料にはデカデカと"修学旅行のしおり"と書かれている。
そうだ、私はしおりをまとめていたんだった。あまりにも退屈な単純作業だったから忘れていた。
「あ〜どこでもいい。でも美味しいお土産があるところには行く」
家族や親戚にあげるお土産は食べ物にしようと決めている。というか、食べ物にしてくれと頼まれていた。
「どこでもいいって、興味ないの?」
「興味ないっていうか…。うん、修学旅行自体そんなに興味ない。」
そう素直に答えた。
友達が無に等しい私にとって思い出作り、ともならない修学旅行。受験生なのだから勉強している方が余っ程いい。それが私の考えだ。
彼は私の返答に対して「ふぅん」と興味なさげに相槌を打ってから、作業をまた進めた。私もそれを見て作業を進める。
「終わった…。」
あれから10分。お互い無言で作業を進めてなんとか終わらせた。
しおりの束は教卓に置いておくだけだからあとは帰るだけだ。
「終わったね、お疲れ様。」
「あ、ありがとう。お疲れ……小林。」
現世の忍者なんて呼んでいたが、流石にそれを口に出すワケにもいかず、名札を見てからお礼を言った。
小林はニコリと笑って、教室を出る。私も後を追うように教室を出た。
「早く帰らないと、日沈みかけてる。」
正面玄関前にきて、外が暗くなりつつあることに気付く。街灯がぽつりぽつりとつき始めていた。
「あ…ほんとだ。それじゃ、また明日。」
「送るよ、どっち?」
小林の発言にぱちりぱちりと瞬きを何度か繰り返す。
「危ないでしょ、送る。それで、どっち?」
「あ…っち、」
家のある方向に指を差すと、小林は「おっけい」と言って歩き始める。
この時間帯ならまだ普通に外を歩いている事があるから、平気なのだが小林が折れそうになかったので大人しく送られる事にした。
「この辺、真っ暗だね。街灯建てないのかな。」
学校から離れて5分程して、小林がぽつりと呟いた。
小林の言う通り、確かにこの辺は街灯がほとんどなく、真っ暗に近かった。足元も見えないし危ないが、慣れてしまえば関係ない。
「私は慣れてるから大丈夫だけど、小林は大丈夫?」
「うん、暗さは大丈夫だけど少し寒い。」
「あぁ…確かに寒いかも。」
先月より暖かくなったとはいえ、まだ5月上旬。
昼間と夜では気温差が激しく、日が落ちるのが早い。特にこの時間帯は風が冷たい。
「寒いなら早く帰った方がいいよ。私、ここで大丈夫だから。」
「いや送る。黒井さんに何かあったら俺が嫌だから。」
何かあったら、なんてないと思うけど。
そう言うのは堪えて、足を進めるスピードを速めた。
「着いたよ。」
学校から出て15分程歩いて家に着いた。
もう一度お礼を言おうと思って顔を上げると、鼻先を赤くした小林の顔が映った。
「風邪ひかないようにね、今日はありがとう。」
「どういたしまして、黒井さんも気をつけて。それじゃまた明日、学校で。」
小林はそう言って、もと来た道を戻っていく。
やっぱり逆方向だったのか、何だか悪いことをしてしまった。
小林が風邪をひかないように、そう願いながら見たかった昨日録画したドラマを見た。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。