スタジオの個室の扉は、重く、分厚く。
二重になっていた。
ひとつ扉を開けると、透明な扉から中の様子がよく見え。
そこをくぐればスタジオだ。
第二音楽室にある機材よりもずっと大きなそれが並ぶ部屋には、既にメンバーたちが集まっていた。
「いらっしゃい、すずちゃん!」
駆け寄ってきたクセくんは雑誌の表紙から飛び出してきたみたいなオシャレな格好をしていて、右手に2つ、左手に1つ指輪をつけている。
「なに連れてきてんの」
眉間にシワを寄せたのは、イオリくんだ。
ダボッとした黒のフード付きパーカーにビビットピンクの細身のパンツをはいていて、やっぱり女の子みたいに可愛い。
ただし、めちゃくちゃ睨んでくる。
予想通りといえば予想通りの反応。
「し、静かにしてるね!」すみっこに移動しようとした、そのとき。
「ワンピース」
「ひゃっ……!」
クセくんが「かわいーね」と背中を指でなぞってくる。
「ちょっと……もう、」
「幼稚園の入園式みたい」
「え!?」
「ウソウソ。すずちゃんの前のガッコのセーラーワンピも凄く可愛いなって思ってたけどさ。こういう、ふわふわしたのも似合うよね」
「ほんと?」
「あと。意外と……あるよね」
「へ?」
「とりあえずハグしようか。すずちゃん」
「しないよ!?」
相変わらず言動も距離感もおかしいな、クセくんは。
とりあえずってなに。
初対面のときの、ほっぺにキスといい、グローバルなの!?
「すずちゃんのおかげでー。いい曲できたよ」
「ほんと?」
いったいわたしの何からヒントを得てどんな曲になったのか。
はやく聴いてみたくて仕方ないよ。
「本番、楽しみにしてて」
ということは、今日ここでは見せてもらえないのかな。
「タイトルは――」
「おい」
わたしを隠すように、わたしの前に立つユキくん。
「……触んな」
「こわいねぇ。指一本くらい触れても、よくなーい?」
「ダメだ。オマエは指一本でなにするかわかったもんじゃねえからな」
ユキくんとクセくんが火花を散らしている間に、準備を着々と進めるの上野くん。
ギターに似てるけど弦が太くて4本なのが、ベース。
それをイジっている(きっとチューニングという音合わせをしているのだろう)上野くんは、教室でみる委員長の面影がない。
メガネを外し黒のマスクをつけ
“ワンマイの剣くん”になっている。
「谷繁先生来てないね」
「タニセンああ見えて忙しい人だからねえ。途中参加だよ」
ドラムなくても合わせられるの?
「なるはやで来てねーって言ってあるから。じきに来るでしょ」
なるはや?
……あっ、“なるべくはやく”?
なんて考えていると大きな音がジャランと鳴った。
ユキくんの、ギターの音だ。
「すごい……おっきい!」
「そりゃあな」
「音楽室で聴いたときは。ピアノの音に負けてたよね」
「あのときはアンプもなにも繋いでなかったろ」
シールドという線でエレキギターとアンプを繋ぎ、そしてスピーカーから大きな音が出る。
こうしなきゃ、ほんの小さな音しか出せないのだとユキくんが教えてくれた。
「耳、大丈夫か?」
「うん……!」
「よろしく」
スティックを、ユキくんに渡される。
「えええ!? わ……わたし!?」
ドラム未経験だよ!?
「カウント」
「カウント?」
「適当に叩けば。俺らがそれに、被せてくから」
「……なるほど!」
「いいねー」クセくんがマイクスタンドからマイクを外した。
「軽くセッションしよーか」
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。