――コンコン
扉をノックすると、
「……あれー。すずちゃん?」目を丸くさせたクセくんが、開けてくれた。
「あ……いきなり、ごめんなさい」
「ちょっと待ってね」
うしろを振り返る、クセくん。
そこにはわたしを見て目を見開くナナと神崎さん、そして退屈そうにジュースをストローで飲んでいるイオリくんの姿があった。
ここは、5人部屋くらいの広さがある。
もしかしたら最初は別の部屋に通されて、人数が増えたから移動してきたのかな。
「すずちゃん、来たよ」
クセくんに言われる前から2人の視線はわたしを捉えていて。
「……すず」
天国から地獄に落ちたように、2人から笑顔が消えた。
それもそうだ。
あんなに酷いことをするほどに、わたしは、この子たちから憎まれているのだから。
「謝って、許してもらえないと思う。でも。本当に、ごめん」
「私たちが……間違ってた」
(ナナ……。神崎さん……)
「もう、ワンマイには関わるの、やめるから」
ナナが、大粒の涙を流しながら言った。
「え……」
「これで、最後にする」
2人は、ワンマイのファンを辞めるの?
「最低なことしてまだファンでいたいなんて、虫がいいよね」
「ダメ……!」
気づけば、叫んでいた。
イオリくんが顔を上げる。
「ナナも。神崎さんも。ワンマイが、好きなんでしょ」
わたしの問いかけに、迷いなく頷く2人。
資料室でされたことは、思い出すとゾッとする。
簡単に、許せることでもない。
でもね。
「ずっと。応援してきたんだよね」
わたしの言葉に、神崎さんの頬にも涙が伝う。
「……っ、悔しかった」
(!)
「私、ずっと由木くんのこと好きだった。音楽も、彼自身も。どんなに落ち込んでも由木くんがいたから元気出せた。なのに、イキナリ現れて、当たり前のように繋がって。私の一番欲しいものをあっさり手に入れたアンタが……許せなかった」
彼女の言葉が胸に刺さる。
きっとこれは、彼女だけでなく、大勢のユキくんのことが好きな女の子の感じていることだろうから。
それでも。
「好きなの」
「……!」
わたしの言葉に、神崎さんが、顔をあげる。
「一緒に過ごした時間は、僅かだし。ユキくんのこの、神崎さんより知らないかもしれない。それでも、どうしようもないくらい……大好きなの」
だから、諦めたくない。
神崎さんの引きつった顔が、少しして、笑顔に変わる。
「知らないのは、私の方」
(え?)
「さっき会った由木くんは。ううん。アンタと過ごす由木くんは、いつも私の知らない由木くんだった。アーティストとしての由木くんは当然私の方が見てきたけど。一人の人間として――オトコとしての由木くんは、アンタの方が見てるはずだよ。出逢ってからの期間なんて関係ない」
「神崎さん……」
「わかってた。敵わないって。だから、酷いことした。本当に、ごめんなさい」
2人に、駆け寄り。
まっすぐに手を伸ばした。
「……え?」
ナナも神崎さんも、驚いている。
「仲直りしよう」
2人が顔を見合わせたあと、クスッと笑う。
「もー、すずはバカなの? あたしたちに甘すぎるよ」
「そんなんだと。また痛い目に合うよ」
そう言って泣きそうな顔をして笑う2人を見て、もう、大丈夫だと思った。
「これからは、思うこと、なんでも言って欲しいな」
応援したくないのに、したり。
思ってもないのに優しい言葉をかけるんじゃなくて。
「わたしがムカつくなら。そう言って欲しい」
それでこそ、友達だって思うから。
「……あたし。けっこうイジワルだよ?」
いいよ。
「私だって辛口人間だし」
受けて立とう。
「あのね。……わたし、強くなりたいの」
もっと強くなって、みんなみたいに、カッコイイ人間になりたい。
「なーんだ。もっとヘタレかと思ったのに、すずは」
「敵わないわけだ」
今度は、今までで一番いい笑顔を見せてくれた2人。
「……友達に。なってくれる?」
「しょうがないなー」と、ナナ。
「もちろん。っていうか、私のことだけ名字で呼ぶのやめてよ」
「あ、それは、わたしも思ってたの。でも。タイミング……が」
「ヒミコでいいよ」
「うん。ヒミコ!」
握手をかわす、わたし達を見て
「女の子って。ホントわかんない」イオリくんが苦言を吐く。
「まぁまぁ。そこが可愛いんじゃん?」と、クセくん。
「こうなったらさぁ。ナナちゃんと、ヒミコちゃんも。すずちゃんのこと周りから守ってね?」
含みのある笑顔を見せるクセくんに
「任せて!」
「もちろん」
二つ返事で答えるナナとヒミコ。
「それじゃあ。すずちゃんも、歌ってく?」
「ううん。帰るよ」
せっかくの、ナナとヒミコの、クセくんとの時間を邪魔したくないし。
わたしを、待ってくれている人がいるから。
「また月曜日!」
クセくんたちに別れを告げると、あの人のところへ向かった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。