第5話

アブナイ!?放課後
1,409
2019/01/01 01:49
文化部の子の多くは来月ある文化祭までは引退しないらしく。


放課後、ナナは吹奏楽部、神崎さんは美術部へと向かった。


……帰宅部のわたしは、帰るか。


うしろのユキくんは、1時間目こそ姿を現したが(ずっと眠っていた)、2時間目には、ふらりと姿を消した。


先生はその件に触れることもなく、寝ていても起こされていなかったし、それがこのクラスの普通ということなのだろう。


(そんなに自由で大丈夫なの?)


義務教育だから、成績不良で留年なんてことはないだろう。

でも、さすがに欠席が続くと卒業できないってこともありえるはずだ。

そのあたりは問題ないのだろうか……。


そんなことを、わたしが心配する立場でもないけれど。


――ブルッ


ポケットの中の携帯が、震えた。


久世
第二音楽室に集合ー!
(……?)


そういえば交換したんだっけ、連絡先。


いきなりすぎる。

まあ用事もないし、行くくらい、全然いいけど……。


第二音楽室ってどこ?

上野くんに案内してもらったのは普通の音楽室だった。




すず
4階の?
久世
ちがうちがう。旧校舎ー!
旧校舎……?

入ったことはないけど場所だけはわかる。

でも。


すず
入っていいの…?
久世
すずちゃんなら大歓迎だよー
久世
あ、ユキもいるよ
(ユキくんも……!?)

突然すぎる事態に胸をドキドキさせていると、新着メッセージが届いた。
久世
あー、いま
久世
ユキがいるなら行こうかな…って
思ったー?
すず
べ、別に
そういうわけでは……
久世
やだなー
ボクを利用してユキと仲良くしたい?
すず
そんなこと考えてないから!!
久世
まあ、なんでもいいから
はやくおいでよ
久世
待ってるから…ね?
すず
うん
久世
あ、言い忘れたけど
久世
一人で来てね
(?)


言われなくても、一人だよ?
久世
五分以内に来てくれなきゃ
ボク拗ねるね
え?
久世
カウントダウンすたーと!
え、ちょっと待ってよ……!?


慌ててカバンを持ち、教室を出る。
久世
一分経過だよ
早歩きして廊下を進んでいると、クセくんからメッセージが届く。
久世
二分経過〜
なんなの、暇なの!?
久世
あと二分だよ、すずちゃん
久世
間に合わなかったら
久世
…………知らないよ?
間に合わなかったらなにされるの!?
「わー、スゴイ。10秒残してゴールできたね、すずちゃん」
「…………」
「どこにいたの?」
「教室、だよ」
「ふーん。頑張ったねえ」


旧校舎にある第二音楽室と書かれた部屋に到着したとき、わたしは、汗をかき息がきれていた。


なのにクセくんは、涼しい顔をして、グランドピアノの椅子に足を組んで座っている。


「あは。走って来たの?」
「だって……。走らないと、間に合わないから。ああ、でも廊下は歩いたよ!」
「さすが真面目ちゃん」


なんで、わたし、クセくんの言いなりになっているのだろう。


(……ところで、ユキくんは?)


キョロキョロとあたりを見渡すと、誰の姿もない。


「わかりやすいなー、すずちゃん」
「え?」
「ユキのこと探してる」
「!」
「君に会いたいのは、ボクなのに。傷つくなあ」


まさか、クセくん……。


「騙したの?」


ユキくん、ここに、いないの?


「だったら?」ニヤッと片方の口角をあげて笑う。


あたりがシンとなる。


わざわざ、こんな人気ひとけのないところに呼び出した理由ってなに?


「もっとこっちにおいでよ、すずちゃん」
「……っ」


なんだか、クセくんが、コワイ。


「そんなに怖がらないでー?」
「帰る」
「待って。たしかにユキは、いたんだ。今まで。ほら、そこにギターあるでしょ?」


クセくんの視線をたどると、黒いギターケースが立てかけてあった。


わたしにはそれがユキくんのだと判断できないけれど、教室にあったのと似ている気がする。


「トイレにでも行ったんじゃないかな。ユキが宝物置いて帰るわけないから、絶対に戻ってくるよ」
信じていいの?


「それに。今日は、もうじきリーダーも来るだろうし」
「リーダー?」
「バンドミーティングがあるから」


バンドメンバーが集合するということ?


「そうでなくても、ほら。スタジオ代って高いじゃん? ここならお金かからないから、めっちゃ利用してるよ」
「……ひとりで来てって言ったのは?」
「あー、それは。女の子が騒ぐと練習どころじゃないからね。ここで練習してること知ってても関係者以外は近寄ってこないのが暗黙のルール」
だったら、どうしてわたしが呼ばれたんだろう。


「ひゃ、」


突然首筋に冷気を感じ、ヘンな声が出た。


「すげえ汗」
「……!」


高いところから声が聞こえたと思い振り返ったら、ユキくんが、すぐ後ろに立っているではないか。


「ね? 戻ってくるって言ったでしょ」
「……うん」


冷たいと感じたのは、ジュースの缶をあてられたせいだ。

これを買いに行っていたみたい。


「飲めば」
「……へ」
「顔真っ赤。喉かわいてんじゃねーの」
「うん」
「じゃあ、どーぞ」


プシュッとフタをあけ、缶を手渡してくれる。


受け取り、グビッと飲んだのは、キンキンに冷えた炭酸飲料。


「っ」


冷たい……! だけど生き返る……!
(死んではいないが)


すごく喉が潤った。


「あ、ありがとう」


わたしに返されたジュースを、ユキくんが――。


「……あ」


飲んだ。


(え、それって、いわゆる……)


――間接キス


「?」


首をこてんと傾けて見下される。


ハッ……!

この程度のことで照れちゃ、おかしかった!?


「お、おいしいね。それ」
「ただのコーラだけど」
「炭酸って普段あんまり口にしないんだけど。夏は、最高だね……!」


意識しちゃダメだ、すず。

ユキくんはこんなにも普通にしているのだから。


「なら、もう一口飲むか?」
「……え……」
「ん」


ん、って。渡されましても。

こっ……これは。


いま、ユキくんが、口をつけた缶でして……。


「どうした?」
「……ううん。なんでもないよ」


稲本すず、いざ、人生初めての間接キスを体験します……!


「ボクにもちょーだい」


へ?


「うん。おいしーね」
「…………」
「あれー。どうかした? すずちゃん」


急に近づいてきて、横からコーラを奪い飲み。

目一杯の笑顔をわたしに向けてくるクセくんの口元が、歪んでいたことを。


「な、なんでもない!」
「飲む?」
「……ううん。大丈夫」
「ボクのあとじゃ。不満ってこと?」


クセくんが、“わざと”イジワルしたことを。


「すずちゃんの、むっつり」
「……っ」


わたしは、見逃さなかったんだ。

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