第12話

迷惑なんだ
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2018/12/31 03:01
唇に残る甘い感覚が、教えてくれる。

今起きたことは夢でもなんでもなく、現実リアルなのだと――。


(……えええ!?)


ポツリと残されたわたしは、あまりの急展開に、思考が追いつかないでいた。


ユキくんが、わたしを、好き……?

ユキくんと、キスしちゃったの!?


そのうえ、これから2人きりで音楽室で会うの……?


「わたし死ぬかもしれない」


こんな嬉しいことが起きて明日命がある気がしないよ。


とりあえず教室にお弁当袋を取りに行って、それから――。


「みちゃった」


――へ?


「大スクープ、だよねぇ」


声は、カーテンの向こうから聞こえてくる。


「由木がこんなとこ入ってくから、なんだろーと思ってつけてみたら。女の子口説いて。キスまでするなんてね?」


――シャッ


「驚いた。キザなとこあるんだ、アイツも」


隣から姿を現したのは、知らない男の子だった。


ふわっとした明るい茶髪に、丸眼鏡。


顔だけ見れば女の子かと思うくらいにかわいいが、男子の制服を着ている。


「今の。アイツのファンが知ったらどう思う――」
「……天使」
「は?」
「ご、ごめんなさい……! 思わず」


初対面のひとに、いきなり天使なんて言ったら驚かせてしまうよね。


そういえばわたし、ユキくんへの第一声は、『カツラ』だったような……。


「あのさぁ、キミ」
「は、はい!?」
「ここは。『マズイとこ見られた』って焦る場面でしょ」
「…………」
「なにオレの美しさに見入ってんの。バカなの?」


そう言われて事態を呑み込んだ。


「ほんとだ……!!」
「説明させないでよ」
「ずっと、そこに?」
「うん」
「さっき起きたことは。ナイショにしててもらえませんか……」
「すると思う?」


棒つきの飴を舐めているその男の子は、やっぱり天使みたいにかわいい。


「うん」
「バーカ。するわけないだろ?」


見た目によらず、口が悪い。


「え、してくれないの!?」
「由木の魅力ってさ。女の子にちっとも興味示さないミステリアスなところなのに。普通のオトコみたいに恋愛してるってバレたら……ファンの子どう思うかな?」


バレたら……。


「人間味あって余計にキュンとする?」
「いや逆だよ」
「……ファンが、減る?」
「当たり前でしょ。他の女のものになった由木なんて、要らなくなる」


たしかに、好きなバンドマンに、好きな女の子ができたらショックかもしれない。


でも。


「真剣に想い合ってるなら、応援してもらえると思う」


普段から素敵だけど、ステージでのユキくんは、本当に輝いていた。


「それはキミが由木と結ばれて。頭の中お花畑だから至る発想でしょ」
「そ、そんなことないよ」
「あるよ。抜け駆けされちゃ。……それも、突然現れた芋みたいな転校生なんかに奪われちゃ怒るって」
「芋!?」
「キミのなにに由木は惹かれたんだか」


それは……。

わたしだって、わからないけど。


ひとつだけ、わかることがある。


「ユキくんにだってプライベートな時間は、当然あるんだよ」


ユキくんが恋をしたからってギターが弾けなくなったりライブでいいパフォーマンスできなくなるかっていったら、そうじゃないよね。


「じゃあ。バラしても、なんの問題ないよねー?」
「ダメ……!」
「どうして?」


丸眼鏡くんの口角が、キュッとあがる。


「ユキくんが困ること、したくない」
「由木は、キミとの関係知られたら困るの?」
「……わからない」


わたしは、誰に知られてもいい。

でも、ユキくんは違うかもしれない。


だからユキくんの考えを確認するまでは、わたしとのこと、誰かに知られない方がいい。


「これなーんだ」


丸眼鏡くんが、スマホの画面を見せてくる。


「……!」


そこには、さっきのユキくんとのやり取りが動画で記録されていた。


「これ。今すぐネットにあげたら大騒ぎだね。内容はもちろん。場所が保健室ってのも、ヤバイと思うな。先生に呼び出されて親を呼ばれるかも」
「……やめて」
「消してほしい?」


騒ぎになるのは、絶対に避けたい。


「うん。……でも」
「でも?」
「その前に、欲しい」
「はあ?」


丸眼鏡くんが目を見開く。


「ユキくんに告白されたムービーなんて、二度と手に入らない。もはや永久保存版……」
「キミ、危機感なさすぎない?」
「送って」
「いやだよ」
「お願い……!」
「あー、そうか。オレがこんな姿だから怖くないんだ?」


そういうと、丸眼鏡くんが、カーテンをくぐって歩み寄ってくる。


「ヒトを見た目で判断したら痛い目に合うよ」
「え……」
「『女の子より可愛い』なんて言われ慣れてるけどさ。これでも中身はオトコなんだから……ね?」


――ドサッ


「…………」
「キミはオレに力ではかなわないよ」


突然押し倒すと

わたしに覆いかぶさってきた、丸眼鏡くん。


クリアで大きなレンズの向こう側には、パチリと大きな二重の目。

そのまわりを長いまつ毛が縁取っていて。


苺のような甘い香りが漂ってくる。


「ど……い、て」
「いやだね」


ユキくんが、あの場所で待ってる。


「行かなきゃならないの」
「行かせない」
「……どうして」


この人は、ユキくんと、どういう関係なの?


わたしはともかく。

ユキくんが傷ついてもいいの?


「そうだ。イイコト考えた」


(……いいこと?)


「オレのお願い聞いてくれたら。さっきの消してあげる」
「お願い?」
「今ここで。オレとキスしてよ」


――!?


「とりあえず、それで。今日のところは手を引いてあげる」


今日のところは……って。


「明日は?」
「んー。また別のお願い、考えておくよ」
「そんな……」
「いいの? 動画が公開されて、親呼ばれるようなことになっても。受験生なのに。ダメージ大きくない?」
「……っ」
「キスくらい、簡単でしょ。それもオレが相手なら。むしろラッキーなんじゃない?」


(キスが……。簡単?)


「久世と由木。ひょっとして次は、上野まで狙うつもり?」


待って、このひと。


「見た目によらず。ミーハーだね、キミ。そんなにバンドマンが好きなの」


上野くんがワンマイのメンバーってこと知ってる……?


つまり。


「……大切なの?」
「は?」
「ワンマイが」


薄ら笑いを浮かべていた丸眼鏡くんが、わたしの言葉で、表情を曇らせる。


やっぱり、そうか。


最初は、このひとは

ユキくんとわたしをおとしいれたいのかと思った。


でも、きっと。

動画をどこかにアップする気なんてないんだ。


「わたしをユキくんから離す。……それが目的?」


丸眼鏡くんが、目をそらす。


「……だったら?」
「離れないよ」


すると、丸眼鏡くんが、身を起こし。

ベッドに足を組んで腰掛けた。


「単刀直入に言う。迷惑なんだ」
「迷惑?」
「そうさ。これから、もっと売り出すのに。悪い虫がついちゃ」


(虫……!?)


「どうやって取り入ったか知らないけどさ。久世も由木も、キミのトリコ。まだ、すごい美人なお姉さんとかならわかるよ? でも……」


ギロリと睨まれる。


「よりによって……キミみたいなのに熱をあげるなんてねぇ? イメージ、ガタ落ち」
「さっきからすごく失礼だよね……!」


どうすれば、伝わるんだろう。


「わたしは久世くんの気持ちもユキくんの気持ちも、ありがたく受け止めたいよ。……じゃなきゃ好きになってくれた二人の想いまで否定することになる」
「!」


わたしは、長く応援してる人から見ればニワカかもしれない。


でもね。


「応援したいと思ってる気持ちはホンモノだよ」
「…………」
「動画を見て、すごく、胸を打たれた。好きだなぁって思う。生で聴けたらどれだけ感動するんだろう、とも。そんなみんなの迷惑になることはしたくない。ユキくんのことは、純粋に人として好きになったの」


どうか、伝わって。

わたしの想い――。


「バッカみたい」


……伝わらなかった。


「連絡先」
「……え?」
「交換するよ」
「わたしと? 丸眼鏡くんが?」


なにゆえに?


「しないなら。もう消すけど」


――!


「ま、まさか。さっきのムービーくれるの?」
「本来なら絶対に渡したくないところだけど……」


複雑そうな顔で見つめてくる、丸眼鏡くん。


「信じてみたくなった。キミのこと」
「……!」
「そのかわり。悪用なんてしたら、地獄に叩き落とすからね?」
「へ」
「覚悟してて」
「は、はい!」


丸眼鏡くんと連絡先の交換をして。

画面に表示された名前を、読みあげる。


「……イオリくん?」
「気安く呼ぶな」
「ええっ」
「いいか、稲本すず」


わたしの名前、知ってるの?


「オレは、ワンマイのマネージャーだ」


(!!?)


「キミのことは、これからも監視させてもらう」


そうか。

久世くんやユキくんと近いわたしのこと観察してたから、イオリくんはわたしの名前も知ってたんだ。


「信じてくれたんじゃ……」
「まだ完全には信用していない。下手な真似したら赦さないよ」
「し、しないよ。絶対に」
「なら。好きにすればいい」


そういうと、イオリくんがベッドから降りて立ち上がる。


「ま、待って」
「……なに」


だるそうに、こっちを振り返るイオリくん。


「キスは。好きな人としなきゃ」
「はあ?」
「トリヒキみたいな形で、誰とでもしちゃ……ダメだと思うよ?」
「…………」
「そりゃあ、イオリくんとキスできたら。多くの女の子は、喜ぶのかもしれないけどさ。……気持ちがないと、やっぱり寂しいよ」


簡単にできる、なんて。言わないで。


「なんでオレ、芋に説教されてんの」
「え?」
「ムカつくオンナ」


そう吐き捨てると、イオリくんが、カーテンの向こうへと姿を消した。


……甘い香りだけを、残して。

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