『消毒』
そう言ったあなたは、わたしに――。
(ええぇぇええ!?)
「わあー。ムカつく」
微笑むも目が笑っていないクセくん。
「もっぺんしてもいいんだぞ」
(もう一度……。キス!?)
「ストーップ。そこまで。続きはライブ終わってからな」
やってきたのは、谷繁先生。
ただし、見た目は別人。
ダレデスカアナタ。
「煽るなよ久世。キスっていっても、ここだろ」と自分の頬を指差す先生。
「あれー。タニセンあのとき見てたの?」
「まぁな」
そうだったんですか!?
先に行ったと思っていたのに目撃されてたんですね……!
「はあ。見せつけられちゃった」
肩をすくめるクセくん。
「そう仕向けたんだろ」と言ったのは、剣くんモードの上野くんだった。
「あは。バレた?」
どういうこと?
ワザとユキくんを刺激させるようなこと言ったの?
「今の。最高のスパイスだよ」
「スパイスって?」
「新曲。すずちゃんのためだけに歌う」
――!
「ちゃんと聴いててね?」
綺麗な目でまっすぐに見つめられる。
「……うん」
「気持ち込めて歌うから」
「うん」
「だからボクに落ちてね」
「……っ」
クセくんのアタックが、これまでで一番、甘い……。
「そろそろ入場始まるよー」
イオリくんの言葉でハッとする。
戻らないと。
「すず」
「!」
ユキくんにパスされたのは、赤いラバーバンド。
わたしが手首につけているものとは違う。
「それつけて応援してて」
「……うん!」
「じゃあボクのも」
(へ?)
「だったら。俺も」
「僕のも渡しておこう」
まさかまさかの。
メンバーみんなから、手首につけていたラババンを受け取ってしまった。
(全色揃っちゃった……!?)
「よーし。円陣組も」クセくんに右から肩を組まれる。
「なに触ってんだよ」ユキくんには、左から組まれる。
「ほら。みんなも。もちろんイオリもね?」
「……だる」
イオリくん、上野くん、そして先生も肩を組む。
(イケメンだらけの円陣……!)
ドキドキが最高潮となり
みんなで掛け声をあげたあと、控室から入場口に急いで戻ると――。
「おっそーい!」
「どこに行ってたんだか」
ナナとヒミコは、きっと、おおよそのことを把握していたけれど。(ラババンをガン見された)
「楽しみだねー!」
「ほんとヤバイ」
いつの間にかわたしの腕に増えたラババンには敢えてツッコミを入れず。
純粋にライブが楽しみで待ちきれないという様子で。
そして、この夜が。
わたしたちみんなにとって忘れられない夜になったことは、言うまでもない。
***
このワンマンで解禁された新曲は
『めっちゃよかったね』
『うんうん。ワンマイのバラードでも新しいというか』
『あたし、泣いちゃった』
『私も』
その後、ファンの間で“傑作”と言われ。
動画サイトに載せると、またたくまに再生回数が増え。
新規ファン獲得にも大きく繋がった。
『ワンマンのMCで久世くん本人が言ってたらしいんだけど。久世くんの初恋がテーマなんだって』
そうなのだ。
新曲の歌詞に出てくる主人公
“ボク”は、久世くん自身で。
『実話!?……失恋したの?』
『あんなにカッコイイ久世くんが女の子にフられるなんて信じられなーい』
久世くんが恋をした“キミ”は――。
【気持ち込めて歌うから】
……わたし、だ。
『タイトルからいいよね』
『CDはやく売られないかなー』
のちに、メジャーデビューした
ワンマイの一枚目のシングルに
同時収録された、曲。
――“コイワズライ”
その曲こそ
クセくんからわたしに贈られた、特別なプレゼントだったりするのだが。
そのことを知っている人は、ごく僅かにしか、いない。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。