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第1話

1話
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2022/10/06 11:00
佐藤茅華
佐藤茅華
端谷 翔人さーん、聞いてますかー?
佐藤 茅華の声で目が覚める。

誰もいない2年C組の教室は、いつの間にかオレンジ色に染まっていた。
なんだか良い夢を見ていた気がする。
佐藤茅華
佐藤茅華
ねぇってば。
廊下にいた茅華が教室に入ってくる。
佐藤茅華
佐藤茅華
何しに学校来たんですかー。
端谷翔人
端谷翔人
なんだか、良い夢を見ていた気がするんだ。
ずっと机に突っ伏して寝ていたから腕も足も痺れていたし、汗もかいていた。
7月の終わりが目前に迫り、蝉は飽きずに鳴き続けている。
佐藤茅華
佐藤茅華
質問の答えになっていません。部活もやっていない君が、どーして夏休みの学校でスヤスヤ眠っているのかと聞いているの。
彼女は僕の横にある窓を閉める。
蝉の鳴き声が少し小さくなった。
端谷翔人
端谷翔人
なんでもいいだろ。
佐藤茅華
佐藤茅華
よくないです。もう下校時刻です。
もうそんな時間か。
時計を見れば18時。
かれこれ5時間くらいここにいたことになる。
佐藤茅華
佐藤茅華
はやく!
茅華に手を引かれて教室を出る。
3階から1階へ下る。

夏休み中だが、校内には部活終わりの生徒の姿がちらほらと見受けられる。
1階に並んでいる生徒用ロッカーの中から
自分のロッカーの扉を開けると教科書、ノート、体操着が雪崩のように襲ってくる。

靴だけ抜き取り、その他を強引に押し込んだ。
先生に挨拶しながら校門を抜ける。
隣にいる茅華を見ると、彼女の髪はまだ少し濡れていた。
端谷翔人
端谷翔人
廃部になった?
佐藤茅華
佐藤茅華
なってないわよ!
佐藤 茅華は部員4人の水泳部に属している。
本来、この高校では部員数が5人以上でないと廃部になるルールなのだが、茅華の水泳への情熱によってなんとか部として存続している状態だった。
学校を出て少し歩くと、河原に出る。
佐藤茅華
佐藤茅華
内海君は?今日は一緒じゃなかったの?
内海 勝也。
小学校の頃からの付き合いで、この学校にいる僕の唯一の友達だ。
端谷翔人
端谷翔人
今日は練習試合だって。
佐藤茅華
佐藤茅華
それでボッチなのか~。可哀想に~。
目が可哀想だと思っていない。
そして言い方がムカつく。
佐藤茅華
佐藤茅華
あんたも入部すればいいのに。バスケ上手いんだから。
太陽が沈みかけ、辺りは暗くなりつつある。
河原沿いを歩いて15分程経つと、僕たちが通学に使っている駅が見えてくる。
外れとはいえ東京のはずだが、ふだんは誰もいない無人駅だ。
端谷翔人
端谷翔人
今日はうち来るんだっけ。
改札を通り、ホームに出る。
佐藤茅華
佐藤茅華
行くー。
茅華はぶっきらぼうに答えた。
付き合っているわけではない。
僕らはいわゆる幼馴染というやつで、
昔から家族ぐるみで仲が良かった。
茅華の両親は共働きで、遅くまで家に帰って来ない日が多い。
そういう日は大抵、我が家で夕食を食べるのだ。
家は通りを挟んで向かい合っているし、茅華も自分ひとり分だけ作るより、楽で手っ取り早いらしい。

そんな僕たちがホームに着いたのを見計らったかのように、年季の入った弱々しい音を立てながらタイミングよく電車が来る。
車両の中はいつにも増して空いていた。
電車が川を越え、家が立ち並ぶ住宅街に入ると、
何人かの小学生が仲良く走り回っているのが窓から見える。
佐藤茅華
佐藤茅華
私、最近ね、保育士になろうと思うの。
不意に聞こえてきた茅華の言葉に、僕は目を丸くした。
端谷翔人
端谷翔人
水泳選手は?あんな、何年も公言しまくってたじゃん。
水泳選手は、
小学3年生の時からの茅華の夢だ。
確かに、そうだったはずだ。
佐藤茅華
佐藤茅華
なんかさ、私には保育士の方が性に合ってるかな~って?
笑って言った。
佐藤茅華
佐藤茅華
それに、多分私じゃプロとしては通用しないしさ。
また、笑って言った。
端谷翔人
端谷翔人
そっか。
そんなことないよ。諦めるな。

普通ならそう言うのだろうか。
でも、茅華を励ます資格なんて
僕にはなかった。
佐藤茅華
佐藤茅華
子供って可愛いよね。目がキラキラしてて、私まで楽しくなっちゃう。
僕も笑う。
端谷翔人
端谷翔人
じゃあ、勉強頑張らなきゃな。
そこから電車を降りるまで、僕らはただただ真っ直ぐ、窓の外に目を向けていた。

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