第16話

これで良かったんですよね?
737
2023/07/01 11:00
私は慌てて汗をかいた寝間着を着替えると、家のドアを開けた。
そこにはいつも通りの波風先輩が立っていた。
波風卓人
波風卓人
おう、大丈夫か? 熱は
そう言って昨日のように額を触ろうとするので、思わず自分の手でそれを防いでしまった。
あなた

熱、出てます!

あなた

ぜんっぜん熱が引いてませんから!

波風卓人
波風卓人
そうか……ちゃんと食事摂ったか?
波風卓人
波風卓人
熱出してたら、全然食事入らないと思ったから、いろいろ買ってきたけど
波風先輩が見せてくれたドラッグストアの袋の中には、スポーツドリンクにアイスクリーム、栄養ゼリーが入っていた。
私はそれに慌てる。
あなた

い、いえ! お気遣いなく!

あなた

(お願いだから早く帰って!)

あなた

(お見舞いに来てくれたのは嬉しいはずなのに……)

あなた

(私の霊感を知られたくないのほうが勝っちゃってるよ……)

私がどうにかして波風先輩を早めにお帰り願いたいと思っているのに。

グー……

体は無情にも、腹の虫の音を響かせた。
波風先輩は一瞬目を丸くしたあと、吊り上げた。
波風卓人
波風卓人
こら! 君ぜんっぜん食べてないだろ!?
あなた

食べたんですよぉ、本当ですよ、薬飲むためにちょっとは食べたんですから!

波風卓人
波風卓人
もうなんか出してやるから! 上がるぞ!
波風卓人
波風卓人
親御さんは!?
あなた

仕事ですよぉ……寝てたら治るからって、仕事行ってもらったんです

波風卓人
波風卓人
なおのこと駄目だろ。全然治ってないのに!
押し留めようとするのも無視して、波風先輩はズカズカ家の中に入ってくる。
そして持参した袋の中からアイスクリームを取り出した。
波風卓人
波風卓人
ほら、バニラアイスクリーム
波風卓人
波風卓人
バニラアイスクリームは一食に必要なエネルギーは大体入ってるから
波風卓人
波風卓人
とりあえずこれを食べろ
あなた

はい……

あなた

(この人、こんなに甲斐甲斐しい人だったのかなあ……)

薬を飲んでも下がらない熱で火照った体に、冷たいアイスは心地よかった。
あなた

おいしいです……

波風卓人
波風卓人
そりゃよかった
波風卓人
波風卓人
台所使わせてもらえるなら、なんかつくろうかと思ったけど
波風卓人
波風卓人
ガス台は使い方わからない
あなた

……先輩の家、オール電化ですか?

波風卓人
波風卓人
ああ。最近の賃貸ってだいたいオール電化だから
そのとりとめのない会話が、なんとなく気持ちよかった。
あなた

(熱出して、前世の力がぶり返しちゃったから、余計に不安になってたけど……)

あなた

(先輩と話してるとちょっとだけ落ち着く……)

あなた

(私、やっぱりこの人のこと好きだなあ……)

少しばかりほっこりとした気持ちになっていたのを嘲笑あざわらうように、ガタタッと音が響きはじめた。
波風卓人
波風卓人
うん? なんだ?
あなた

あ……

あなた

(待って、やめて。今先輩いるのに……!!)

私の願いは、届かなかった。

いきなり床が震動しはじめたのだ。
一瞬地震かと思ったが、波風先輩と私がいるキッチン以外は揺れていない。
食器棚がガタガタと音を立てたと思ったら、いきなりその扉が開閉しはじめた。
波風卓人
波風卓人
おお?
食器がぺっぺと吐き出すように出てきて、それが床で割れる。
こんな異常現象、本当に前世ぶりだ。
あなた

や……やだぁ……

波風卓人
波風卓人
これ。もしかしてポルターガイスト現象か?
あなた

なんで先輩、そんなに冷静なんですかぁ……!?

波風卓人
波風卓人
うちの学校の七不思議でも、たびたびそういう話は聞いてたしなあ
波風卓人
波風卓人
とりあえず床に割れた食器が落ちていると危ないから、片付けさせてもらってもいいか?
あなた

先輩ぃ……

あなた

(怖がったり、気持ち悪がったりされないのが、嬉しいより先にいたたまれないと思うなんて、今初めて知ったよ……)

しばらくして揺れがおさまると、波風先輩はすぐに床を掃除して綺麗にしてしまった。
割れた食器の言い訳を考えるのは頭が痛いものの、気持ちの上では落ち着く。
波風卓人
波風卓人
あなた、はっきり言ってくれ
波風卓人
波風卓人
これ、いつからだ?
あなた

いつからって……

波風卓人
波風卓人
もし七不思議の調査のせいで、君がひどい目に遭っているんだったら
波風卓人
波風卓人
探偵部の部長として申し訳ないからだ
あなた

先輩は全然関係ないですよ

あなた

私……今でこそ心霊写真くらいでしか実感なかったですけど

あなた

昔はもっと、歩いているだけでラップ音やポルターガイストに見舞われるくらいの霊感体質でしたから

あなた

(前世の話だけど、間違ってはいないよね。うん)

波風卓人
波風卓人
……
波風先輩の顔が険しい。
それに私はますますいたたまれなくなる。
あなた

先輩、私部活辞めます

あなた

もしかすると、先輩が解明したがっていた七不思議の調査で、私の霊感が悪い方向に働くかもしれませんし

あなた

最悪、変なものを呼び寄せてしまうかもしれませんし

あなた

そんなのに先輩を巻き込めませんよ

波風卓人
波風卓人
おい、俺はそんなのを許可しない
あなた

だってぇ……先輩は探偵部の部長である前に、探偵じゃないですか……

あなた

その行動力や優しさは、皆のために使ってくださいよ。私に使わないで

あなた

もう、私に関わらないでください

あなた

……お見舞い、嬉しかったです。さようなら

波風卓人
波風卓人
おい、あなた……! 話はまだ……!
私は波風先輩を家から無理矢理追い出した。
まだ何か言っている先輩の声から逃げるように、私はとぼとぼと自室へと戻る。
あなた

(これでよかったんだ……)

あなた

(前世と比べると、上等な学園生活だったもの……)

あなた

(前世は友達と他愛ない会話をすることも、部活で遅くなることもなかったし)

あなた

(デート……っぽいものだってした)

あなた

(これ以上望んだら罰当たっちゃうし、実際今は罰ゲーム進行中だもの)

あなた

(……これ以上、おかしなこと起こって、先輩に嫌われたくないなあ)

布団を頭からすっぽりと被った。
せっかくアイスクリームを食べて冷めたはずの体が、もう熱い。
それでも今は、ふて寝してしまう以外に逃げ方がわからなかった。

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