第22話

【No sides】**
1,300
2021/07/14 17:00

背もたれから徐々に見え始めた彼女の姿に何処か安心した彼は、

ゆっくりと彼女の顔の方へと近寄る。


そして、ソファの座枠にもたれるようにカーペットの上に座った。

彼女の顔を背に、佐野 万次郎はドライヤーのスイッチを入れる。


『カチッ』

『ブォオオオオン』


熱風を金髪に当てながら、髪にブラシを通していく。


かなりの音の大きさにも関わらず、

ソファの上で眠ってしまった彼女には起きる気配が全くない。
佐野 万次郎(マイキー)
あなた

ある程度乾かしたところで、
彼はカチッと音を鳴らしてドライヤーのスイッチを切った。
佐野 万次郎(マイキー)
…まじで起きる気配ねーじゃん。
あなた
スゥ…スゥ…

静かな寝息をたてるだけで、しっかりと閉じられた瞼が開く素振りの1つも見えない彼女に「おーい、」と彼は話し掛ける。
佐野 万次郎(マイキー)
あなたー、起きろー。
あなた
スゥ…スゥ…
佐野 万次郎(マイキー)
…お前まだ俺の部屋だぞー。
あなた
スゥ…スゥ…
佐野 万次郎(マイキー)
……ここ男の部屋だぞー。
早く起きねぇと悪さされんぞー。
あなた
スゥ…スゥ…

ローテーブルの上に先程まで使っていたドライヤーとブラシを置くと、

今度は彼女を前にしてカーペットの上に腰を据える。


そして、彼女の目元へと手を伸ばした。



『スッ』


佐野 万次郎(マイキー)
…また無理したんだろ、どーせ。


佐野 万次郎はゆっくり伸ばした手を彼女の左頬に添え、

じっと彼女の顔を見つめる。

佐野 万次郎(マイキー)
どれだけ元気に振舞っても、俺たちの目だけは誤魔化せねぇのに。


彼は頬に添えた手の親指で、

ゆっくりと彼女の僅かに黒くなった目の下を優しく撫でた。

佐野 万次郎(マイキー)
なぁ、あなた、










消え入りそうな声で、彼が呟く。











佐野 万次郎(マイキー)
もう『万次郎』って呼んでくれねーの?














彼が発したその言葉は、物音一つ無い、彼ら以外誰も居ない閑寂な部屋の中で、

完全に溶けきった。


後にも先にも、粒程度にも残らない。

誰の耳にも届かない。




佐野 万次郎(マイキー)
俺の事、『万次郎』って呼ぶのはお前だけが良い。



彼の手がゆっくりと彼女の頬から離れる。


佐野 万次郎(マイキー)
お前だけ、




ぽつり、ぽつりと口の端から言葉が零れ落ちる、

それは降り始めの緩やかな雨によく似ていた。



佐野 万次郎(マイキー)
本当にお前だけが良いんだ。




『コツン、』

言い終えた佐野 万次郎は彼女の額と自分の額を合わせた。

それから静かに目を伏せる。


時間の流れさえも感じず、ただただ彼女の少し冷たい額を彼の素肌で感じているだけだった。


佐野 万次郎(マイキー)



それはテスト明けの彼女が、

なかなか目を覚まさない事を知っての行動だった。


あなた
スゥ…スゥ…

それでも尚、穏やかな寝息をたて続ける彼女の様子に、彼は思わずフッと笑ってしまう。
佐野 万次郎(マイキー)
明日からもまた宜しくな、あなた。








眠っている間の彼女の空白の時間は、


留めを知らない水の流れのように緩やかに過ぎていった。


いや、流れてなどいない。



確かに、

そこで止まっていたのだ。









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