万次郎の「とか?」という次の話題を促す、まさかの返しに私は慌てて記憶を巡らす。
(いや、ちょっと待て。万次郎相手にタオルの話は良くないんじゃない?)
(なんだ、知ってたんだ。)
一瞬、とんでもない会話を始めてしまうのではないか、と危惧したが、どうやらそんな心配や焦りは要らなかったらしい。
…いや、私のお風呂事情を万次郎が知っているのもどうかと思うが………。
果たして手放しで良かったと喜んでいいものか、微妙なところではあるが、
L字ソファに座ったままの万次郎の背に、今度は私が話の舵をとる。
右壁に沿って置かれた棚の上段からケースを両手で下ろすと、万次郎の指示通りにどら焼きを1個取り出して元に戻す。
私が部屋に敷かれた夏用の薄いカーペットの上を歩いていくと、万次郎はにっこり笑って私からどら焼きを受け取る。
頬を膨らまして少し怒っている万次郎に、私は既視感を覚えた。
そして、その正体に気づくまでそう時間は掛からなかった。
(ふふっ、似てる。エマちゃんのちょっと怒った時の顔と超似てる。)
『もー!』
湯船に浸かりながら2人で大爆笑した先刻のエマちゃんを思い出す。
少し前までは目の前の万次郎と同じ、ぷくーっと頬を膨らまして、目を細くして…怒りの顔していたのだが。
(やっぱ兄妹なんだなぁ。)
エマちゃんは私が笑うと、途端に笑顔になってくれる。
それは今、
目の前にいる万次郎と何も変わらないことで。
やはり彼女は笑顔が似合う。
私の憧れの女の子だ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!