「うわ、大丈夫ですか? 佐伯先輩、どうしたんです?」
殴られた中原先輩を心配しつつ、佐伯先輩に聞いてみた。
佐伯先輩は無表情なんだけど、なぜか怒りのオーラが見えそうな雰囲気になっている。
いや、だから、どうしてこうなったの?
「うるさい。慶が笑いすぎなんだよ」
あぁ、中原先輩に大笑いされたこと怒ってるのか。
「あの、とりあえず駅向かいません? 次の電車、35分に出ちゃいますし!」
その場の空気を変えたかったし、それに学校から駅までは歩いて20分くらいかかる。
今は10分を過ぎたくらいだから、結構ギリギリな時間だ。
すると、今まで言い合いをしていたふたりは、無言になり私の方をじっと見つめた。
「や、あの。ちょっと寒いし、早く行かないと電車に間に合わないっていうか」
にらまれていると思った私は、しどろもどろになりながら言った。
そんなににらまなくてもいいのに〜…。
中原先輩がククッと笑った。
「だから、手に持ってるソレ。着れば?」
そう言って指したのは、佐伯先輩に渡されたブレザー。
もしかして、なんだけど。
佐伯先輩は、私が寒そうにしていることに気づいて、ブレザーを渡してくれたのかな?
「とりあえず、お前が思ってる通りだと思うから、着とけば?」
中原先輩はニヤリとしながら佐伯先輩を見た。
また殴られたのは言うまでもない。
な、なんだ。中原先輩が笑ったのも、佐伯先輩が怒ったのも、全部私のせいだったんだ。
そう思うとなんだか申し訳ない。
「あ、の。佐伯先輩……。ブレザーお借りしてもいいデスカ……?」
ブレザーを握って、佐伯先輩を見上げながら言った。
「…… っ! だから、最初からそのつもりで……」
佐伯先輩は私の手からブレザーを奪い取ったかと思うと、私の肩にかけてくれた。
その行動に、顔に熱が集まったのがわかった。
外が暗くてよかった。
顔が赤くなっているのがバレたら、気持ちも知られちゃいそうだもん。
「先輩、ありがとうございます……」
かけてもらったブレザーをぎゅっとつかんで、お礼を言った。
夜の風は少しだけ冷たくて。
私の火照ったほっぺたを、冷ますのにちょうどよかった。
「そろそろ行くか。ちなみに俺ら、チャリだから。お前は俺の後ろ乗れば?」
さっきまで黙って私たちの様子を見ていた中原先輩が突然そう言って、先に歩き始めた。
その声はどこかトゲトゲしていて、「なんで怒っているんだろ」って思ったけど、気にしないことにした。
中原先輩のあとを追うように、私も佐伯先輩と一緒に自転車置き場に向かった。
大好きな佐伯先輩とふたりなのはすごく緊張したし、ありえないくらい心臓がドクドクいってて平然を装うのが大変だった。
自転車置き場につくと中原先輩にカバンを奪われて、私のカバンはそのまま自転車のカゴの中に放り込まれた。
中原先輩は自転車のサドルに座ってから、「ん」と言いながら荷台の部分を叩いた。
これは、私、乗ってもいいってことなんだよね?
「お邪魔します……」
一応そう言ってから荷台に乗った。
落とされたら嫌だなと思って、中原先輩の腰にしがみついた。
中原先輩の身体が一瞬ビクッとしたけど、どうしたんだろ?
そう思ってる間に、佐伯先輩は自転車をとってきたみたいだ。
どちらからともなく、自転車は動き出した。
自転車に乗って駅に向かってる間、みんな無言だった。
中原先輩に捕まりながら、今日のことを思い返す。
まさかこんなふうに、校内人気ツートップの先輩と話すことになるなんて思わなかった。
それに、ギャラリーから見ていただけだった時よりも、佐伯先輩のことを好きになったと思う。
佐伯先輩は、噂と違って意外と普通に喋ってくれたし、おかげで、今まで知らなかった1面を見ることができた。
まさか、私がギャラリーからバスケを見ているってことを知られているとは思わなかったけど。
こうやって話すことになったきっかけがどんくさいけど、結果オーライ、かな?
だけど、やっぱりこんなふうに関わりを持つことになるくらいだったら、一生関わりを持たないでいるか、そうじゃなければもっと前から覚悟を決めて積極的に私の存在をアピールしていればよかったな、なんて思って落ち込んだ。
脱力しながらため息をついて、中原先輩の背中に寄りかかった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。