「あーっと。宮下さんであってんだよな?ま、いいや。おーい、宮下さん?」
トリップしていた私の前で、佐伯先輩がヒラヒラと手を振る。
「うわ、ごめんなさい!私、宮下ですけど。あの、なんで名前知ってるんですか?それに、クラスも…」
さっき聞いた質問を、勇気をだしてもう一度聞いてみた。
すると、やっぱりふたりは、なんでそんなこと聞くんだっていうような顔して私を見る。
いやいや、普通は面識のない人のクラスとか名前知ってたら気になるよね?
「それはさ、お前が噂になってっからさ。なんつーか、俺らも知ってた」
赤みがひいた中原先輩が教えてくれた。
「噂って、なんですか?」
私がそう言うと、佐伯先輩はそう言われるのを予測していたみたいで、あからさまなため息をつき、中原先輩に至っては魂が抜けたような顔をしていた。
そうこうしているうちに、いつの間にか完全下校時刻の19時になっていた。
外はすっかり暗くなっていて、教室の温度も下がったみたいで心なしか肌寒い。
「あー、やべ。こんな時間までいるつもりじゃなかったんだけどな。とりか、出て歩きながら話そうぜ」
中原先輩はそういうと教室の外に出ていってしまった。
これって、私も一緒に帰っていいってことなのかな……
スクールバッグを握りしめて、どうすればいいのか考えあぐねていると、佐伯先輩が私のバックを奪うように持った。
「え、っと。なんで……」
「帰るぞ」
佐伯先輩はぶっきらぼうにそう言い放つと、私のバックと自分のバックを持って中原先輩のあとを追っていってしまった。
佐伯先輩はきっと、私がどうすればいいかわからないでいるのを察してくれたんだと思う。
そんな不器用な優しさに気が付いて、思わず笑みがもれた。
教室を出ると、すぐ近くの壁のところに佐伯先輩と中原先輩は立っていた。
「お前、遅い」
鋭い目付きで中原先輩に睨まれるけど、待っててくれたんだとわかって頬が緩んだ。
中原先輩はチャラいし怖いけど、悪い人じゃないってことはもうわかった。
それに、佐伯先輩も女子に冷たいって聞いてたけどそんなことなくて、いざ対面してみると全然普通で、いつの間にか私もいつもの調子に戻っていた。
でもやっぱり、佐伯先輩を見るだけで、ドキドキする。
「遅くてすみませんっ!そういえば、先輩たちって帰り自転車ですか?私は電車なんですけど」
そう言いながら佐伯先輩から私のカバンを受け取り、玄関へ向かって歩き始める。
私の少し前に中原先輩と佐伯先輩が隣同士で歩いていて、私はその後ろをついて行ってる。
「俺らも電車。ちなみにお前と方向一緒なんだけど」
中原先輩は知らなかったのかとでも言いたげな顔をしている。
そんなふうに言われても、知らないものは知らないけどなあ。
「俺らは宮下さんと電車一緒なの知ってたけどな」
相変わらずの無表情で、佐伯先輩がつぶやいた。
「え!?」
まさか佐伯先輩までもが知っているなんて思わなかったから驚いた。
「ついでに言うと、毎日ギャラリーからバスケ見てるのも知ってる」
「えぇぇ!?」
「あ、着いた」
まさかの爆弾2連続投下に、ただただ驚くことしかできなかった。
靴を履き替えて玄関を出ると、ふたりはもうそこにいて中原先輩に遅いって怒られちゃった。
外はやっぱり暗いし、教室にいる時よりも寒く感じた。
ぶるっと身震いすると、佐伯先輩が無言でブレザーを渡してきた。
まさか私、荷物持ち?
「えっと、じゃあ、駅着くまで持ってますね……?」
ちょっと悲しくなりながら控えめに聞くと、中原先輩が大笑いし始めた。
ヒィヒィいいながら笑い続ける中原先輩の脇腹を、佐伯先輩は思いっきりグーで殴った。
「痛えええ!本気だったろ今!!ざけんな!」
中原先輩は殴られたところを痛そうに抑えながら佐伯先輩を睨んでいる。
そりゃもう、眉間にしわが寄るくらいだし、暗いから見えづらいけど、額に青筋まで浮かんでいるようだ。
ドスッて、かなりいい音したもんね。
これは絶対痛いよ、うん……。、
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!