実は、私が先輩を気になり始めたのは、バスケの試合を見た訳では無い。
あれは去年の6月、ちょうど梅雨の時期で、雨がしとしと降っていた日のことだった。
先生から雑用を頼まれ帰るのが遅くなったせいか、校舎には部活をしている生徒以外は残っていなかったみたいで。
いざというときのために、教室の傘の置き場に透明のビニール傘を置いていたけど、そこには1本も傘がなかった。
多分、傘を忘れた人が持っていったんだと思う。
仕方ないから走って駅まで行こうと玄関を出た時、学校の前にある小さな噴水のそばに誰かが立っているのがみえた。
身長が高くて、髪が短い男の人だった。
傘もささずに雨に濡れているその人は、1年生の間で噂になっている佐伯先輩だと気付いた。
そして、私が気付いたのはもう1つ。
・・・佐伯先輩は、泣いているように見えた。
その姿は今にも消えそうなくらい儚げで目が離せなくて、しばらく玄関で立ち尽くしてしまった。
だけど、どうして傘をさしてないのかな、とか、なんで泣いているんだろうって思いながらぼーっと見ているうちに、気付いたら先輩はいなくなっていた。
もしかしたら、雨で泣いているように見えただけかもしれないけど。
それでも、泣いていたんだろうなって確信めいたものが心の中にあって。
クールであまり笑わない、王子様みたいな先輩が泣いているのを目撃してしまった日から、気付いたら目で追って、気になる存在になっていた。
それから、昼休みにバスケの試合を興味本位で見て、笑顔を見た瞬間恋に落ちた。
・・・それに、なんでかな。
先輩の後ろ姿を見ると、どこか懐かしく感じて、それも心に引っかかっている。
そして、今に至るというわけなんだけど。
先輩を好きになってから、毎日飽きもせずに試合を見に行く。
そんな私を涼達は1年の時から見ていたから、私がただのミーハーじゃなく本気ってことはわかってくれてるんだ。
先輩をすきになったきっかけは、まだ涼にさえも話していない。
好きだから付き合いたいって思うこともあるけれど、今はこうやって先輩の姿を見るだけで十分で。
それに佐伯先輩は浮いた噂が今までひとつもなくて、涼の情報によると告白とかも全部断ってるらしい。
女子には冷たいらしいし、そういうことを聞いちゃうと告白なんかできないなぁと思う。
だから今はほんとにこのままでいいかな。
先輩の卒業式には、告白する勇気がありますように…
なんて思いながら、バスケをする先輩を見ていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。